2019.08.15
第十二章 名人ここにあり
「教える」とは、何か⁉️
「わかる」の構造を探らなければなるまい。
1/2÷1/3㎞ の意味を説明する、単位が違うものどうしの割り算の意味を説明したとして、「わかった」という子の「わかった」の意味はそう単純ではない。「わかった」と言ったのを聞いて、「そうか」と先へ進めるのは、大学生講師であろう。単純、無責任、軽さは、覆うべくもない。
子どもというのは、周りの子がみな「わかった」という雰囲気を感じとり、わからなくても「わかった」と言うことがある。ライバルが「わかった」と言えば、わかった体裁をとる。家庭教師の先生が、何度も熱っぽく説明すれば、「悪い」という気持ちから「わかった」と言ってしまう。何が言いたいのかと言えば、子どもが「わかった」という言葉は意味がない、ということである。指導する側は、ほんとうにわかったかどうか、検査するしかないのである。
検査を嫌がる子がいる。自信がないから嫌がる、試されるのを嫌がる、できないと烙印を押されるのを嫌がる。受験時期に、模試を避けたがる、結果を隠す、最後は、受験を放棄する、失敗するしかない、そういう道をあえて選ぶ 。周りから蝶よ花よと育てられた自尊心に振り回されて主体としての己がない。そういう子に育てた、子ども可愛さのあまりに、子どもに気に入られようと機嫌ばかりとってきた、子どもに気を遣うという信じられない態度をとってきた、甘いだけの親が悪いに決まっている。
わかったかどうかを確かめるのは簡単である。適当な問題を解かせてみればいい。問題のレベルもいろいろ変えてみる。ほんとうにわかってない子は、どこかでボロを出す。浅い理解、表層的な理解が、わたしを奈落の底に突き落とすこともよくある。どうしようか、また基礎からやかる、いやそういう問題ではない、能力の問題なのだ、それはわかっている。これはジレンマである。
子どもというのは、わからない、が、重なると、流石に、本人も嫌気がさしてくる。勉強が面白くないから寝る。塾も行きたくなくなる。課題もサボる。すると投げやりになる。勉強しても意味がないように思うようになる。こうなるとたいていは体に変調をきたすことになっている。お腹が痛い、頭痛がするは、子どもが母親を心配させる常套手段である。子どもは親がどう言えば慌てるかよく知っている。子どもは本能的にプレッシャーを避ける生存の術を心得ている。弱き者の知恵である。
ここまで見据えて子どもの指導の匙加減をするとして、つまり子どもをいたずらに追い詰めることなく、やる気にさせるのは、それこそ微妙な匙加減を要する、問題である。
捨て鉢になった子どもを、つまり反抗的になった子どもを救うのは、手のかかる、骨の折れる仕事である。もし成功するとしたら、まだ子どもの中に、正しいものは正しいと認める心が少しでも残っていたときであろう。だが、最近の傾向は、子どもにそのような期待をもつのが虚しいことを証明している。つまり一旦、もつれた糸はもう元には戻らない。断ち切るしかない。快刀乱麻という四字熟語があるが、もつれた麻糸を鋭利な刃物で断ち切るように、解決できればいいのですが。
「わからない」という事態は、子どもにはショックであり、子どもには不安材料として心に重くのしかかることであろう。指導する側は、一つの病として捉えるほかない。問題はこの病がDNA由来の不治の病なのかどうか、である。そうではなくても治し方のわからない難病の類いなのかもしれない。正直、子どもが、「わからない」というとき、一抹の不安はある。だから緊張もする。手探りで、その本質を探る。治療の余地が残されているのか、それは考える。かつてのわたしは、そのために夜も眠れないほどに悩んだものである。解決の方法を考えた。そういう苦悩が、今のレジュメというものを生み出した。いわば、レジュメはわたしの苦悩を母とする、難産の末の子である。わたしが、入会者を選定するのは、つまり入会試験ではじくのは、まず病に立ち向かう意思のない人間を排除したいからであった。最初から諦めた人間には手の施しようはない。が、世の中には、「わかる」ということがそもそもあるのか、表層の世界しかない子というのがいる。こういう子をなんとかするということは誰にもできないことである。少なくとも多くの塾が、こういう子たちを受け入れて教えているのは、親も暗黙に了解してのことであると思われるが、商売としてやっている、のが、本当のところであろう。塾というのが、「わかる」を使命としている限り、「わかる」を実現できないときは、指導を打ち切るのは、至極真っ当な判断ではなかろうか。
さて、わたしが、指導を通して何をしようとしてきたのか、しているのか、ここでお話ししておかねばなりません。英語では、have toとmustの違いが、問われることがありますが、わたしの「ねばならない」は、いったいどちらなのでしょうか。have toは、外的事情のため、そうせざるを得ない場合、mustは、内的な事情、つまり本人が、そうしなければならない、と思っているときに、使います。
わたしは、究極的には、わたしがほとんど何もしないでも、子どもが、自らの考える力で道を切り開き、遂には、目標に到達する、そういう形になるように子どもを導こうとしております。だからわたしの指導では「わかる」、つまり合格ハンコを取りながら前へ進めていくというのは、必須の要件になります。子どもが、自ら難局に立ち向かい、解けた!わかった!という、このことを最も価値あるものとしております。わたしの説明が、「わかった」というレベルではない、だからその説明さえも表層的にしかわからない、というのは、指導においては、明らかな敗北であります。わたしの失意、落胆は、面には出さないが、かなりのものであることを告白しておかねばなりません。先ほどの話しですが、日本語は、have toとmustのように、明確には、線を引けない場面がある、のが、わかりますね。
わたしが目指している指導は、子どもが、最終的には、ほとんど自分で考えて、自分で解決していけるようになる、そういう姿を理想として描いております。だから理想的な展開は、わたしが、指示するだけで、進められるようになる、ことです。
そういう理想の形に持っていければ、わたしの勝ちパターンなのですが、現実には、そういう子ばかりできない。
これまでにわたしの理想とは、相容れない合格というものももちろんありましたが、やはり失敗の方が多い。考えるスタンスのない子が受かることはない、そう思います。
ただ過去の経験では、まさかの合格というものも確かにありました。合格はんこがほとんど取れない、そういう子が受かった、そういう例がいくつかありました。わたしにもわからない。過去問合格法と7回解き直しが、わたしの予測をはるかに超えた、何かをもたらした、そう整理せざるを得ない。わたしの中では、説明できない、事件です。
さて、こうしてわたしの指導というものの考え方というものを述べてきましたが、それはそれとして、長い間に、私の中に修練されてきた指導術が、完成域に達しつつあること、そしてこの35年の修羅の道がわたしに、余人の真似のできない指導勘をもたらしたのだということ、は間違いのないことです。
名人ここにあり、わたしは、渋谷の片隅にあって、そう心の中で叫んでおります。
指導の名人の心の叫びです。竹の会の子どもたちに言っておかなければなりません。
「勝つか負けるかよりも、相手に対して全霊で反撃を加えてやる、という烈しい気概を持て!」
竹の会合格35年史 竹の会昭和60年(1985年)創設
平成31年
中学受験
都立桜修館中等教育学校(男子)※併願合格 巣鴨中学 攻玉社中学 都立桜修館中等教育学校(女子)千代田区立九段中等教育学校(女子)千代田区立九段中等教育学校(女子)
高校受験
都立青山高等学校(女子)
平成30年
中学受験 都立桜修館中等教育学校 都立富士高等学校附属富士中学校 都立富士高等学校附属富士中学校 ※併願私立 東京農業大学第一高等学校中等部
平成28年
中学受検 都立小石川中等教育学校 都立白鷗高等学校附属中学校 都立富士高等学校附属富士中学校
高校受験
都立戸山高等学校 都立文京高等学校
平成27年
中学受検
都立桜修館中等教育学校 都立富士高等学校附属富士中学校
高校受験
都立戸山高等学校
平成26年
高校受験
都立駒場高等学校
平成25年
中学受検
都立小石川中等教育学校 都立桜修館中等教育学校 都立白鷗高等学校附属中学校
高校受験 ※1名中1名合格
都立北園高等学校
平成24年
中学受検
都立富士高等学校附属富士中学校
平成23年
中学受検
都立小石川中等教育学校 都立桜修館中等教育学校
高校受験
都立小山台高等学校 都立文京高等学校 都立産業技術高等専門学校
平成22年
中学受検
都立桜修館中等教育学校 都立両国高等学校附属中学校 東大附属中等教育学校
高校受験
都立富士高等高校
平成21年
大学受験
慶應義塾大学(商学部)千葉大学(法経学部)
平成20年
中学受検
都立桜修館中等教育学校
高校受験
都立西高等学校 豊島岡女子学園高等学校 桐蔭学園高等学校(理数科)立教新座高等学校
平成19年
中学受検
千代田区立九段中等教育学校 東大附属中等教育学校 東大附属中等教育学校
高校受験
都立狛江高等学校
平成18年
中学受検
東大附属中等教育学校
高校受験
都立富士高等学校 都立狛江高等学校
平成17年
高校受験
都立青山高等学校 都立新宿高等学校 都立大附属高等学校 桐蔭学園高等学校(理数科)
平成16年
中学受験
東大附属中等教育学校 成城学園中学校
高校受験
都立富士高等学校 都立富士高等学校 國學院高等学校
平成15年
中学受験
国学院久我山中学校 吉祥女子中学校
高校受験
都立新宿高等学校 都立鷺宮高等学校
大学受験
中央大学
平成14年
高校受験
都立青山高等学校 都立青山高等学校 都立青山高等学校 都立駒場高等学校
大学受験
慶應義塾大学(総合政策学部)上智大学(経済)
平成13年
高校受験
都立西高等学校 都立国際高等学校 都立新宿高等学校
平成12年
中学受験
東大附属中等教育学校 日本大学第二中学校 実践女子学園中学校
高校受験
都立青山高等学校 都立新宿高等学校 都立新宿高等学校 都立新宿高等学校 国学院高等学校 国学院高等学校 東京農大第一高等学校
平成11年
中学受験
立教池袋中学校
高校受験
都立青山高等学校 都立駒場高等学校 青山学院高等部
平成10年
高校受験
早稲田実業学校高等部(普通科)早稲田実業学校高等部(商業科)立教新座高等学校 日本大学第二高等学校 都立駒場高等学校 都立三田高等学校
平成9年
中学受験
成城学園中学校 大妻中野中学校 大妻中野中学校 恵泉女学園中学校
高校受験
都立青山高等学校 都立新宿高等学校 都立新宿高等学校 都立駒場高等学校 都立駒場高等学校 成城高等学校 成城学園高等部
平成8年
中学受験
昭和女子大附属昭和中学校
高校受験
都立青山高等学校 都立青山高等学校 都立新宿高等学校 都立新宿高等学校 国学院久我山高等学 東工大附属高等学校 日大櫻丘高等学校 玉川学園高等部
大学受験
東京理科大学(理工)
平成7年
中学受験
成城学園中学校
高校受験
東邦大附属東邦高等学校
大学受験
中央大学(法学部)
平成6年
都立青山高等学校 都立新宿高等学校 国学院久我山高等学校 帝京大学高等学校
大学受験
東洋英和女学院大学
平成5年
高校受験
都立大附属高等学校
平成4年
高校受験
都立青山高等学校 都立青山高等学校 都立青山高等学校 都立駒場高等学校 桐蔭学園高等学校(理数科)成城高等学校 共立女子第二高等学校 東京農大第一高等学校
平成3年
中学受験
東洋英和女学院中学部
高校受験
都立戸山高等学校 都立新宿高等学校 都立駒場高等学校 青山学院高等部
平成2年
中学受験
獨協中学校
高校受験
都立新宿高等学校 都立大附属高等学校 東京農大第一高等学校
平成1年
高校受験
都立国際高等学校
昭和63年
高校受験
都立駒場高等学校 都立芸術高等学校 都立大附属高等学校 富士見高等学校 国学院久我山高等学校
昭和62年
高校受験
都立駒場高等学校 都立大附属高等学校 都立大附属高等学校 都立目黒高等学校 青山学院高等部 市川高等学校 国学院久我山高等学校