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現代受験論 🟧高校はなぜ落ちこぼれるのか⁉️

2025.03.05

🟧高校はなぜ落ちこぼれるのか⁉️

 ここで高校とは、進学校を考えている。したがって、偏差値70あたりを念頭に置いている、と考えてもらいたい。

 数学について

  わたしの高校では、教科書はあってもそれを授業で説明する、ということはなかった。最初は教科書の問題を出席番号順に当てて、次回の授業の始まる前に、黒板に解を書いておくことが義務とされた。これはガイドを持っている奴には問題ないが、ガイドは高くて、持ってる者は少なかった。それから学校配布の問題集、授業のたびに配られる大量の問題プリント、それらも基本的に、同じやり方だった。プリントは進学校の定番だった。すべての科目でプリントが配られれた。数学のネタ本は、赤チャートだった。たまに赤チャートにもない問題が出された。
 生徒たちによって義務として黒板に書かれる解は、ノートに写すには無理があった。教師がすぐ消すからだ。次の解を書かせるためだ。また生徒の書いた黒板の字は読みにくく、正確な情報とはなり得なかった。だからプリントのほとんどの問題は正解がわからないままに先へ進められるのだ。授業もまともにやらないのが進学校だ。正解ぐらい配れと腹が立った。
 英語の授業は、教科書を訳すのが中心だった。たいていは教師が訳した。これもガイドを買える奴が有利だった。それから文法の分厚い参考書が配られた。文法は土曜日にテストがあった。2年生になると、英文解釈の参考書が、配られた。これも当時のわたしには分厚く感じられた。リーダーは、新出の単語が多くて、定期テストは、単語を覚えるのに追われた。
 今から考えると、英語は完全に単語量の多さにやられた。わたしが、一万語覚えようとしたのは、単語に対する、深い恨みがあったからだと思う。わたしは、このとき、単語暗記法を工夫し、語呂合わせに活路を見出した。「神の単語集」は、わたしが、一万語を覚えてやる、と決心した時に、生まれた。あの当時、まさか書籍として出すとは、夢にも思わなかった。わたしは、豆単を使って語呂合わせを考え、書き込んでいった。わたし限りのものだから、かなり強引な語呂合わせも多かった。しかし、単語を、見て、語呂漢字を思い出し、次に語呂から意味を想い出す、それを反復繰り返していたら、いつしか単語を見ただけで、語呂は忘れても、意味が浮かぶようになった。わたしは、語呂制作に1か月、暗記に2か月かけて、一万語以上の単語を覚えたのだ。「神の単語集」では、当時の語呂合わせはほとんど消失してしまって、残っていたのは、400語ほど。ほとんどが今回の新作となった。
 英語で落ちこぼれるのは、単語である。「神の単語集」がそれを救うであろう。東大受験も可能な単語集となった。
 落ちこぼれの正体は、数学に違いない。
 数学は、高1の代数はなんとか理解していた。おかしくなったのは、高2の数学IIBからであった。今から考えると、数学ⅢCと物理、化学を食わず嫌いしなければ、理系の選択もあったと思う。数学は、教科書までは理解できた。わたしの学校では、数研の問題集のほか、毎回の授業で大量のプリントが配らられた。大学入試問題から作られたものであったと思う。よくチャート式数学の中からも出されていたので、当時参考書というものをほとんど買っていなかったわたしには勝ち目はなかった。当時は予備校らしい予備校もなく、塾もなかった。高校の数学教師などが、自宅で私塾をやっていた。参考書を潤沢に買えた奴が勝つ仕組みだったのだ。
 わたしは能力で負けたのではない。参考書を自由に買えなかった。それだけである。
 わたしはとにかく落ちこぼれたのである。高校3年生、わたしは級友たちの大学受験を横目に、捲土重来を期した。わたしは、わたしの高校の国立コース、準国立コース、私大コースのうち、準国立になんとか残れた。これで最低限国立大学受験の科目授業だけは確保できたと思った。わたしのクラスの最高大学が、一応一期校の熊本大学だった。クラスの連中は、準らしく、長崎大、鹿児島大、岡山大、宮崎大学、大分大学など地方大学ばかりだった。九州大学は、全盛期には30人弱は受かっていた。わたしのときは、ほとんどいなかったかもしれない。衰退したのは合同選抜方式に変わったためである。
 わたしは、落ちこぼれから、旧帝大をめざした、めちゃくちゃな挑戦であった。
 本番では、因縁の数学は、90%の正解率であった。英語も数学も、独学であった。悔しかった数学で、わたしは、雪辱を期した。今、わたしは、数学ができない生徒、落ちこぼれる生徒のことが、手に取るようにわかる。
数学で落ちこぼれるところが、わかるのだ。例えば、三角関数なら何箇所かある、その要所要所で、少しだけ説明するだけで、越えられる。今なら、それが、「定義」なのだとわかるのだが、あの頃は、定義を軽視し、応用ばかりを追い求めた。落ちこぼれが、勘違いするのはここなのだ。難しい問題が解けないからと、そういう問題の解き方をばかり追う。後年、都立西高の生徒を3年間指導したことがあるが、東大志望だったこともあり、教材として使った「大学への数学 別冊演習」の中の解けなかった問題を質問してくるのだが、難問ばかりだったが、いつもわたしを救ってくれたのは、定義だった。定義から考え直すと、いつも解の道筋が見えてきた。
 この時から、基本の重要さを悟ったのかもしれない。応用ばかりやってもだめだ。基礎にこそ時間をかけるべきだ。今の変わらぬわたしの信念です。

 

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