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現代受験論 🟨「工夫」するという心❗️が学力の道を拓く‼️

2025.03.26

🟨「工夫」するという心❗️が学力の道を拓く‼️
 学ぶのは、スキーマ‼️であって、知識ではない。知識は、分類して抽象化して脳内に収まる。具体的な知識は、一般化の濾過をしないとすぐ忘れる。脳は、シンプルなスキーマしか受け付けない。複雑・雑多な知識は、脳は嫌悪感を持って忌避する。
 工夫とは、知恵の現れである。ああでもない、こうでもない、と何かうまい方法、アイデアはないか、と頭を巡らす、これが工夫である。共通問題が限界の生徒というのは、この工夫がない。工夫もなしに自分の知っている知識を探し、なんとか当てはめようとする。これは工夫ではない。工夫とは、既存の知識を換骨奪胎(抽象化)して、未知の状況を、事実を、分析して、再構成して、なんとか、既存の知識との共通性を見つけようとする精神のあがきである。
 頭が悪いというのは、工夫というものがないのである。事実の意味がわからないというのは頭が悪いからである。
 事実からスキーマを見つけることが、意味がわかるということもしれない。
 スキーマとは、完結性のある物語である。物語は大袈裟かもしれない。論理学でいうところの命題と言った方がいいかもしれません。 
 命題とは、例えば、速さは、単位あたり量である。km/hとは、1時間あたりの進む距離であるから、km÷時間(h)という式が成り立つ。私たちは、こういうスキーマ(命題)を豊富に知っているから、工夫をあれこれ、このスキーマを使って、試みることができる。
 こうしてみると、私たちは、工夫という精神操作のために、その前提として、スキーマを学ばなければならない、ということになる。
 ところで、スキーマとは、命題のことだ、と言ったが、実は、それは、定義のことである。私たちは、定義というものを正確に学ばなければならない。定義から発して、思考の技術として、仮定・仮説を立て、それを論証する、という思考技術を学べは、さらに思考を広げることができる。ここで使われるのは、「論理」である。私たちは、論理的矛盾を導くことによって、その仮説(命題)の正誤を判断することができる。
 算数という思考訓練の道具
 私たちは、算数の問題を解くことによって、思考を深めることができる。算数とは、都合知恵の遊びである。算数が、算数こそが知能を刺激して知能を活性化することができる。算数の鍵はおそろく割り算なのかと思う。割り算から1当たり量へ、そして割合へと展開していくのだから。割合思考を算数問題を通して繰り返すことがあらゆる思考の土台となる。わたしたちは割合という概念、抽象的概念を頭の中に概念化することによって、さまざまな抽象思考をも取り入れることができるようになる。この場合、割合概念はスキーマとして働いているのはもちろんである。

  

  

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