2020.06.08
◎大手塾にいた子が、竹の会に来て、いつも思うことは、鉄板のように決まっていた‼️
「もっと早く来たかった!」
「わたしも小3から来たかった…」
母親の、「竹の会は、小1の頃から知っていました。迷っていたら、小4になってしまって、もう遅いと思って大手に行きました。」という遅く来たことの弁が、多くの母親の心情を代弁していました。
多くの親たちに、躊躇、迷いがあることは以前から感じていたことです。俄には竹の会を信じがたい、これが竹の会を知っていても大手を選択する親の正直な行動なのだろうと思います。
特に、都立中学を志望する親たちには、たかが公立だから、始めるのは、小5あたりでいいのではないか、中には、小6からでもいい、と考える親が相当いる。こういう親たちは、とにかく大手に入れさえすればなんとかなると楽観している節もあります。
すでに公立中高一貫校型の大手塾が用をなさないことは別の機会に触れましたが、それでもこうした大手は魅力的なようで、こうした親子が、竹の会に早くから来ることは期待できない。
竹の会のような、弱小塾を信頼できないのは仕方ないとしても、それ以上に「大きいところはいいところだ」という、親たちの漠然とした信仰心は強固であった。
大手の集金システムは巧妙であり、気がつけばかなりの額が投入されたことに気づく頃にはもう止めるにやめられない。カネを投じただけの力がつけばまだしも実際には実力は実は入塾した当時とほとんど変わっていないというのが大手を選んだ大半の親子の現実ではなかろうか。そのことは途中からよく竹の会にやってきた子の実力診断で顕著に表れていた。計算力はなく割合も理解していない、つまり思考力はないに等しいというのがこうした子たちのいつもながらの特徴であったからだ。
大手にカネを注ぎ込むのは無駄になる層がいるということである。ただ受験には、カネを惜しんではならない時がある。いわば勝負どきである。できるだけ安く済ませようとする親の考えはこと受験では地味に失敗するのがほとんどである。
竹の会のどこが違うのか。
それは他塾にいた経験者が一番実感することである。竹の会のなにもかもが、これまで通った塾と「違う」。雲泥の差という言葉があるが、その言葉通りの現実を見る。
今まで通った大手はいったい何だったのか、何という無駄な時間を過ごしてきたのか、なにもかもが無駄だった、そう思わせる。
竹の会の子たちは、みな勉強することに迷いがない。もし迷っていれば止めている。迷いの芽はわたしが見逃さない。いや「迷い」の出たことを窺わせる子も出てくる。本番が近いと、特にそういう子が出やすい。試験の恐怖と自信のなさが、迷いを生む。迷いは、心の隙をついて生まれてくる。
本番の恐怖は、頭の中で考えるのと違う。直前にずっしりと重くのしかかる、モンスターである。冷静な判断、行動を失わせる。まるでアリ地獄に落ちたように、もがけばもがくほど落ちていく、あれである。
私たちは常に早くからそういうことを想定して行動してこなければならなかったのである。
小4までと言いながら、小5になっても稽古事を続けた子がいた。そういう家庭というのは、盆正月には万難を排して必ず一週間前後帰省する。こういう選択をしてきた家庭は、小6の9月に始まるレッドゾーンに、失速甚だしいことである。このときにやたら悔やむのはどうしたものか。何かと悔やむ。しかし、自分のやりたいようにやってきたのだから、悔やむのはおかしな話しである。
素人というのは、読みが甘い、というか、読んでいない、というか、楽観的、あまりにも楽観的なことである。毎日勉強しなくても間に合う、習い事、稽古事を続けても間に合う、盆正月に帰省しても間に合う、とにかく何とも都合よく考えてしまう。そしてそれは現実と遊離しているということを悟らない。こういう人たちが直前に陥る心理が、判で押したように同じなのは、人間というのは、結局似たようなものだ、ということである。
とにかくこれまで他塾にいた子たちが、竹の会に来て、すぐに「これは違う」「明らかに違う」と悟ることになることは、これまでの竹の会の35年の歴史において、例外というものがほとんどないくらいに、繰り返されてきた話しである。「合わなかった」という例はあった。しかし、偏見を恐れずに言えば、そういう人たちというのは、何か思い込みに支配されていたように思う。わたしには、すぐに好き嫌いを親に訴える、わがままに育った過保護な子と勘違い、思い込みという点では迷いのない母親の組み合わせは、恐怖の取り合わせとして映ってきた。受験に毒された怪物がいる、としか思えなかった。
竹の会は、この「草枕」で、竹の会のポリシーを訴えているから、「草枕」を読めば、竹の会に少なくともそれなりの理解を得られる、その上で竹の会を選んだのであれば、それほどの勘違いはないだろうと思うのだが、実は、そうでもない。
ただそういう例は、わたしの記憶にある限り、2、3か、少ない。
竹の会で失敗する子はもちろんいた。
受検失敗は最初から受検というものが、そういうものであるから、つまり「賭け」の本質があるからいたしかたない。受検というのは、本人の能力、家庭の環境、親の教育姿勢、本人の努力などさまざまなファクターに左右されるものであり、塾の良し悪しにももちろん左右されるけれど、とにかくかなり複雑な要素が絡みあっている。しかし、またある意味単純であると言えなくもない。それはDNA的に優れていれば、受かる可能性がかなり高いからです。
竹の会というのは、なかなか世の皆さんに説明することが難しかったわけです。それでかつては竹の会の指導というものを説明するのに一苦労でした。今は、わたしのブログが竹の会を啓蒙することに寄与していることもあり、中には熱心な読者もいて、竹の会イズムをよく理解されている親御さんも多くなりました。
しかし、それでも竹の会を誤解、勘違いされている方は多いように思います。
竹の会を知るにはどうしたらいいか、と言えば、竹の会の指導の様子を実際に見てみることだと思うのです。わたしの指導の様子を実際に見学するできるのは、子どもさんが入会試験を受けるときです。その時しかない。たいていの親御さんはかなりびっくりするようです。
驚天動地と言えば、大袈裟かもしれませんが、しかし、まず「何かしら」という感じ、それから、「驚き」、とにかく目を奪われる、ある意味ショックを受ける、それから感動する、「これはすごい」と思う、そういう心の流れがわたしには透けて見えます。竹の会の説明、これが竹の会の説明としては最強の方法と思います。
論より証拠という、百聞は一見に如かずという、
そう、竹の会を語るのに、井の中の蛙大海を知らず、という人も多い。
群盲象を評す(ぐんもうぞうをひょうす)
※数人の盲人が象の一部だけを触って感想を語り合う、というインド発祥の寓話。
『木を見て森を見ず』 と同様の意味で用いられることがある。
また、『物事や人物の一部、ないしは一面だけを理解して、すべて理解したと錯覚してしまう』 ことの、例えとしても用いられる。
このような人を群盲評象人間と呼べば、そういう輩が巷には群生しているから話しがややこしくなる。
竹の会を知るには、虎穴に入らずんば虎子を得ず、とまでは言わないが、かつて竹の会に母親が小4の女子を連れて入会試験を受けに来て、合格したとき、いみじくも言いました。「落ちたら受検は諦めるつもりでした。この子がどうしても竹の会に入りたい、桜修館に行きたい、というので、入会試験に落ちたら受検は諦めるという条件で来ました」。
このお母さんの、とても潔い姿勢にわたしは心を打たれました。このお母さんは、それからの二年間、子どもがインフルエンザで休んだ二回、子どもと竹の会に行けないことを嘆いて泣いたということを伝えてきただけで、私の指導第一に、いつも何も言わずただしたがうだけの姿勢でした。これは竹の会を絶対に信頼しているという意思の表明であったのだと思いました。ひたすら竹の会を信頼して、支えてくれました。彼女が、桜修館に合格したのは、わたしには、感慨深い、いやそれ以上に心を打つものがありました。
竹の会に入る、というのは、そういうことなのだ、ということをこの母子の記録は雄弁に代弁してくれていると思います。