2025.03.13
🟨なぜ国語ができないのか❓
それは、あなたたちにスキーマがないからだ。読解になくてはならないもの、それがスキーマ(構造・常識)だ。
難解な文章を読む前提❗️
何もなければ読み取りはそこでの文章限りとなる。だからわからないのだ。この場合、筆者の文章からスキーマを得て、それからそのスキーマでその筆者の文章を理解するということになるが、それは正直難しい。筆者のスキーマを正確に理解しているか、わからないからである。筆者の考えていることに関して予めの、なんらかの構造概念(スキーマ)があれば、文章の読解は、予めの理解の地図があるから、意味がとりやすいのである。
こうなると、読解に必要なのは、さまざまなスキーマだということになる。
国語の勉強は、問題集でもいい、とにかくスキーマを学ぶことである。問題集を使う場合、問題は解く必要はない。その文章の語るスキーマを学ぶのだ。こうなると、私たちは、とにかく多くの論説文にあたり、そこでのスキーマを学び、知見を広げる、ことに意を注がなければならない。
スキーマについては、IT用語として使われるほか、心理学でも使われる。心理学におけるスキーマは、
①過去の経験や外部の環境に関する構造化された知識の集合のこと
②幼少期からの体験のなかで形成された深い思い、信念、自分や世界、他者についてのイメージ、価値観などのこと
私たちが、著者のスキーマという場合、心理学的な意味になるかと思います。
私たちは、著者の価値観の構造的意味を理解しなければならないことになる。構造的とは、フレーム、枠と比喩的にイメージしていいと思います。構造的とは、抽象化した命題と考えていいと思います。
こうして、私たちは、主として、評論文を介して多くのスキーマに触れること、そしてその構造を理解すること、を普段の国語の勉強としなければならない。国語の勉強は、問題集の問題を解くことではない。文章からその筆者のスキーマを学ぶことである。スキーマは筆者の拠って立つ人生観、価値観から導き出された命題である。筆者の世界観構造である。わたしたちは、先人から、多くの価値あるスキーマを学ばなければならない。このスキーマの蓄積が、現代文を読む場合の、読解の有力な助けとなる。
あなたたちが、国語ができないのは、何もない、白紙の頭で、読むからです。あなたたちは、読む以前に、さまざまなスキーマを仕入れなければならなかったのです。そういう心構えなしに、闇雲に問題集ばかりを解いて、できた、できない、とやっているだけでは、国語の力なんか、付くわけがないでしょ。
国語というものが、わかってないのです。国語というのは、筆者の人生観、世界観を理解することです。そうしなければ、筆者の主張なんてわかるわけがない。
問題集は、筆者の常識とされる価値観を知るいい機会です。筆者の価値観は、スキーマ(構造)で表されます。だから、私たちは、筆者の価値観が、構造化されたスキーマを知ることによって、一つ偉くなる、そういうことです。
スキーマについて
犬塚美輪「読めば分かるは当たり前?」の説明
スキーマは、私たちが持っている知識の枠組みのことで、いわゆる「常識」の一つのかたちです。私たちは、自分の経験や学習した内容から、世界がどのようにできているのか把握していきます。このとき私たちは、ひとつの異なる経験値をそのまま頭に入れるのではなく、「◯◯とはこういうものである」というふうに知識を整理していきます。この整理された知識のことをスキーマと呼んでいるのです。
この著者の説明には、二つことが語られている。スキーマとは、私たちが、常識として、経験から得られる、抽象化された、輪郭である。わたしたちは、常識を獲得するために、知識を輪郭として捉える。輪郭とは
抽象化されてできた枠組みである。
現在執筆中の「国語ポイント集」の第二巻「読解編」では、都立日比谷、慶應女子に出題された現代文について、このスキーマを拾い上げ、あなたたちが、様々なスキーマを手にする機会を提供していきます。あなたたちは、スキーマを学ぶことで、さらにおそらくは、哲学(それはスキーマの聖典)の世界へと誘われることでしょう。