2025.02.24
🟪わたしが、季節講習で、休みを取らないわけ(理由)❗️
遅い、遅れる子に、指導時間を十分に取れば、少しでも進められるかもしれない。もしわたしが適当に休みを取れば、「指導時間さえ目一杯取れば、伸びたであろう子」、またそういう経済的には選択肢のある子どもの学力を伸ばす機会を潰すことになる。わたしは、伸びたいと真摯に願っている子に、その機会を与えないで、だからできない、だから受検できない、という事態を招きたくない。
これまで、竹の会では、最低のコスト、最少の日程を組んで、勉強時間量は家庭学習に期待して、また課題などで補強して、受験を本人の努力に預けてきました。しかし、それでは、合格できない。まず家庭学習をきちんとやれる子は絶対的に少ない。また課題は出し切る子はほんの一握りの子に限られる。だから指導時間が少なければ少ないだけ遅くなる。周回遅れにねる。どんどん遅い、遅れる、というのは、これだけで、もはや合格はない、ということになる。遅れる理由には、習い事、稽古事、スポーツ、部活、旅行などいくらでもある。こういう人たちは、自分が遅れているという自覚はない。またさらにカネをかけてという選択も考えもないから、いずれ来る時が来れば、失速するのはわかっていた。
失速した子たちは、もはや間に合わないことを本能的か、直感か、悟る。積み残した、やり残したレジュメは膨大な量に達し、積み残すことなく終わらせて7回解き直しのゾーンに入った子たちを横目に、落ち込み、はたまたため息交じりに後悔したものだ。実力なんて一朝一夕につけられるものではない。もはやなす術のないことを本人は悟る。失意のままに、不本意のままに、本番へと突き進む。
それなら、時間とコストをかけられる人には、機会を提供する。習い事などを返上して頑張る子もいるのだから、そういう子には選択できる選択肢を与える、そういう趣旨である。