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中学受験 高校受験 受験相談 渋谷で創立30年

最低でも都立戸山/都立新宿・駒場以上の都立をめざす/「試す」という証拠のとりかた

2017.01.24

 ようやく手が空きました。昨日は「入会試験ゼロ」(小3対象)の改良版をまた「試し」てみましたが、また失敗。小3、小4、一部の小5にモニター受検してもらいましたが、小4、小5で50%の正解率、小3だと10%と使えない。それで今日は3度目の改良を加えました。「読み取り」能力を試したいという趣旨が基本にあり、私的にはかなりいいネタ問題があるのですが、どうも難解なようです。そこでいろいろと読み取りやすい表現に変えて、説明を詳しく書き直したり、例を工夫したりして、なんとか小3にも解ける内容になったのではないかと思われるまでに仕上げました。「入会試験ゼロ」は、2月、3月の小3募集に合わせて製作を急いできたものです。なんとか使えるものになってきたのではないか、と思います。

 小3期の小学生というのは、能力の判定が難しい、というのが実感です。経験上試験中に「わからない」と悩んでいるときにヒントを言うと「できる」ということがあります。そういう子というのは、入会後やはりいろいろと問題が生じる、伸びていかないことが多い。また入会試験で合格がとれなかった子というのは、総じて伸び悩むことが多い。小6でA合格がとれないとやはり入会後の進捗がよくない。だから実は入会試験の実施及び結果判定は厳正にしたほうが後々のためにはいいとは思っています。また竹の会が理想とする小4の8月までに集められなかった場合にやむなく小5とか、小6を入れるとかなり失敗のリスクが高くなる。竹の会は昔から2~3人の受検者の中から合格するということがほとんどですが、これは小4期に人が集められなかったためです。その2、3人の中で落ちているのはたいていは遅れて入会した子です。

 渋谷教室に移転した平成24年5月以降も来てくれるのは早くて小4の2月からでした。27年桜修館合格の女子はまだいいほうで小4の2月でしたが、25年に小石川に受かった女子は小5の3月入会でしたし、同年桜修館合格の男子も小5後半からでした。28年九段合格の女子は小3の2月からでした。ただこれも難しいところで小3の2月に来て順調に伸びていったけれど落ちたということもありました。思考に妙なくせがあるとか、字に読みづらいくせがあり、そのせいでもないけれど文章に素直さがないとか、長じていろいろ問題が顕出してくるものです。特にくせのある子は失敗する蓋然性が高い。ですから頭のいい子でもうまくいかないこともある。ただこの場合も高校受験で成功するということはこれはかなりの蓋然性であることです。

 わたしはこのブログでも23区の小4が是非早期に竹の会に来てもらいたいと訴えてきました。小4の早期から訓練を始めて仕上げていくというのがわたしの最も得意とするもっていきかたであり、合格する蓋然性もかなり高いと確信していました。遅れて、遅くにきた子たちを合格可能なレベルにまで引き上げていくのはかなり骨の折れる仕事でした。これは能力の高い子でかつ実行力のある子が成功することはわかっています。習い事や稽古事で時間を分散する子はまず受からない。小5から来た子にそのことは顕著です。

 小学生の指導というのは、訓練期間というものがまず大切です。計算訓練、割合概念の訓練にはそれなりの期間が必要です。小5の1年間をみっちり割合思考訓練に使えればいいのですが、例えば、小5の4月に来たという子の場合、3か月は計算訓練をすることになる、それから割合訓練に入るとして、やれるのは、小5の1月までの7か月ほどです。2月からはもう受検対策に入るからです。ところが、小5の親御さんというのは、たいていは何かしらの習い事、稽古事を予定しているから、その7か月もすべて思考訓練に使えるというわけではない。こうして不完全燃焼のままに小5の2月期に突入してしまうわけです。中にはそれでも習い事と稽古事は続けるという親子もいますから、成功の可能性はどんどん落ちていきます。

 これが小4早期に来た子だとどうか。今の竹の会は指導の手順が完成していて小4でもたちまち計算をマスターし、たちまち割合も上達する子が多い。こうして小4にきた子というのは、これまで小5にきた子がやっていた大半のことを小4で終わらせてしまうことになる。小4なら小5になるぎりぎりまで割合なんかやっていてももちろんかまわないから絶対に有利なんです。

 平成23年に小石川に合格した男子がその理想的な典型例です。小4の8月から指導開始したその小4は、最初はドリルを使って通分なんかやってたわけです。それから小4の秋には割合の手ほどきをした。その年の冬には割合をマスターしたと思う。年が明けたらもうかなりのものになっていた。なにしろ一学年上の小5と同レベルの内容を進めていくことになったのだから。だから小5になったら、もう適性過去問を解き始めた。小5の間に全国版2年分を解き尽くした。彼はこのとき小6だった杉山太一君と肩を並べて勉強していたのである。小6になったらまた過去問全国版を1年分追加し、さらに当時の秘密兵器「適性虎の巻」をやった。国語読解が苦手だというので、開成などの読解問題を各10年分ずつ潰していく時間もあった。さらには、都立中全校の過去問数年分についての模範解答集も自己制作した。そしてどの過去問もすべて7回解き直しをした。彼が小6のときにこれだけ余力をもって勉強できたのはすべて小4期からきたことのおかげだった。また習い事や稽古事など一切なく勉強にだけ専念してきたことも大きい。彼は小6のときに受けた早稲田進学会の模試すべてでトップテンの成績をとり、特に、受検直前の1月の模試では、480人の小石川受検生の中で5番の成績だった。

 小5遅くとか、小6になってきた子というのが、やり残しとか、やりきれなかった大量のレジュメを積み残したまま、時間に追われて、追い詰められてゆくのとは対照的な事例であった。わたしは平成23年から、ずっと小4を求めてきた。しかし、小塾の竹の会にきてくれる親はほとんどいなかった。みなあたりまえのように大手を選び迷いはなかった。渋谷教室に移転して今年で満5年の歳月が経とうとしていた。平成27年はもうほとんど人が来なかった。入会試験では、不合格となる子ばかりでさすがにわたしも廃業を覚悟した。竹の会を学習不振児のケア塾にはしたくなかった。だからどんなことがあっても不合格者は断ってきた。平成28年の後半に不合格者の特例入会を認めたのは勉強に真摯な姿勢で向かう子と慈愛に満ちた親の姿に心を動かされたからで、決して鬼の霍乱などではない。

 指導というのは、訓練に訓練を重ねることをまずその最初とする。ここで飽きっぽい子というのはまず指導の対象から外されることになる。勉強に対して真摯な姿勢がないとすれば指導は無に帰するからである。竹の会ではまず余りのある小数の割り算をこなすこと、それができたら分数を訓練する。訓練であるから完璧にこなせるまで続ける。通分とか、約分、繰り下がりとか、小数を分数にするとか、加減乗除、かっことか、とにかく分数の計算のエキスパートに仕上げるまで訓練する。最後に逆算をやる。こうして計算のエキスパートに仕上がるまで2から3か月である。計算はこれで終わりではない。毎回の指導の始めにまず計算4問解いてから、レジュメに入る。割合の訓練には小5の1年間を使えれば申し分ないけれど、小5から始めた子は、実質7か月ほどしかないことは既に述べたとおりである。

 割合の訓練では、割合の概念の習得に徹底して取り組む。「比べられる量」とか、「元にする量」の概念を正確に理解させる。もちろん訓練を通して理解させる。「単位あたり量」の概念についても、割合概念の習得過程で訓練する。「単位」というものの不思議を訓練を通して学んでいく。問題を解くという形が思考をはたらかせることに適した指導形式と認識している。この指導形態をとるメリットは、時として、「理解を試す」問題を忍び込ませることができることにある。こういう「試し」の問題は子どもたちが質問してきても教えることはない。絶対に自分で考えて解かなければならない問題である。わたしはレジュメの中にこうした「試し」、本当に理解したかを「試す」問題を忍び込ませる技法をよく用いる。この「試し」問題で子どもが本物かどうか、これから伸びていくのかどうか、が如実に判別できる。

 わたしのレジュメ集でステージを上げてゆき「合格はんこ」を積み重ねていけないとしたら、実は、能力の底が見え隠れしている。指導というのは常にリアルタイムで子どもたちの能力の壁と鬩ぎ合う、誠に神経の消耗する、疲れる行為なのである。

 訓練という概念にはまだ「教え導く」という含みがあるけれど、この訓練過程を経て「力」をつけていった子たちに、次に、わたしが実践するのは、「鍛錬」にほかならない。まさに、鍛えるのである。鍛えて鍛え抜くのである。

 わたしが子どもたちを理想の思考する人に導いていく過程は、まさに「もっていく」手法にほかならない。高校受験においても、日比谷、西合格するほどの生徒にもっていくのである。新宿、駒場合格にもっていくのである。わたしが時として高校受験の専門家と自称するときは、こういう「もっていく」指導においての卓越した技術をさして言うであろう。

 小4の早期にきたほうが絶対にいいということは、今年のように小4からきた子がいるときにだけ、小5や小6のみなさんには「わかる」ことなのである。もし小4がひとりもいなければだれもその重要性には気がつきもしないであろう。小4が、「算数の魁」を「合格はんこ」で終わらせ、「思考の鍵」を「合格はんこ」で終わらせ、「小学思考の素 割合問題編」を終わらせ、「新小学思考の素」を終わらせるに至って、初めて小5や小6のみなさんは、わたしが小4の早期からきたほうがいいということの意味を悟ることができるのである。わたしが平成23年に小石川に合格させることができたのは小4からきてくれたことがどれだけ大きかったことか、だからわたしはずっとそのことを訴えてきたのです。わたしに縦横無尽に力を振るわせて欲しい、そのためには早く早くきてほしい。それにわたしにはもうそれほど時間はないかもしれない。もう年齢からくる体力の限界が刻々と近づきつつある。東京23区のみなさん、どうか竹の会には早くきてください。

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