2025.10.12
🟦思考力を育てて40年❗️いつの頃からか卒業生から東大、京大、一橋大、東工大の合格者が出るようになった‼️
卒業生が、東大に合格したのすでに4名、京大2名、一橋大1名、東工大2名、東北大1名、北大1名を数える。千葉大法文、同工学部にも合格している。
早慶❗️ 早稲田大は既に10名を超える数が合格❗️ 慶應大理工・法・文・総合政策・商にも合格❗️
東京理科大は、認知しているのは、2名。
GMARCHなら多数の合格者がいる。
竹の会の卒業生が、難関国立に合格するようになったのは、平成十年代にぽつり、平成二十年代には、徐々に増えていき、後半には、一気に報告が相次いでいる。竹の会の思考力指導が完成形に近づきつつある頃から多出するようになっていった。特に、レジュメ世代の伸長が著しい。高校入試のレジュメ世代は、平成17年から、都立中高一貫校は、平成24年からである。それまでは、過去問合格法が主流であった。
過去問合格法は、難関校には、向かないと思われる。偏差値70までか。合格例としては、昭和62年の青山学院高等部(男子)、市川高校、平成3年の青山学院高等部(女子)、平成10年の早稲田実業高校、立教新座高校、平成13年青山学院高等部(女子)などが記憶に残る。
レジュメ世代の最初の高校入試は、平成20年のこと、豊島岡女子、桐蔭理数、立教新座などに合格。なお、都立は、この年、都立西に合格している。
レジュメ世代になってから、偏差値70以上の難関校合格が、現実のものとなった。もっとも実際は、都立志望が多く、早慶などを目指す者は皆無であったが。
もともとレジュメは、竹の会のもっとも得意とした高校入試で作成を始めたものであった。平成17年から制作に入ったが、平成20年の高校入試で初めてその世代が受験した。都立中高一貫校のためのレジュメ制作は、平成24年からであった。まだ少なかったレジュメで、25年には、小石川、白鷗、桜修館に合格者が出た。気をよくした、わたしは、26年に、新作のほか、平成23年まで作っていたWord版レジュメまで投じて失敗してしまった。これに懲りて27年は、数式ソフト版レジュメの制作に絞り、27年桜修館に合格した。
数式ソフト版レジュメが、竹の会の受験を変えた。難関校でも合格できる、そのことが、わたしの中では、明瞭となった。実際の証明は、令和4年の開成高校、国立筑波大学附属駒場高校、渋谷幕張高校、城北高校の合格でした。この時、竹の会のレジュメの真価が、明らかになった。レジュメ指導の結果は、駿台模試で全国1位を取ったことで、揺るぎないものとなった。
如何にして思考の力を引き出すか、育てるか、の研究に費やしてきた40年❗️ 竹の会で小学時代を過ごした子たちが、あるいは小学、中学と過ごした子たちが、竹の会を卒業後花開くことが、当たり前になってきた。
過去問合格法からレジュメ指導へと、竹の会は着実に、進化を遂げてきた。レジュメの研究は、わたしのライフワークであり、わたしは、レジュメを芸術作品として、完成度の高いもの、あらゆる技術を駆使して、色彩豊かに、説明を視覚化し、仕上げていった。
竹の会の考えさせる指導、レジュメ指導は、既に竹の会では定着した、定番の方法となった。
わたしの芸術作品、わたしの工夫を凝らした、思考の綾を目に見える形で表現した、色彩をリアルに表現した、わたしの、レジュメが、子どもたちの思考を目覚めさせる、思考の開花した子たちが、伸びていく、それが目に見える、それがわたしのレジュメなのだ❗️ そう、子どもたちの「伸び」が、目に見える、グラフに描けば上昇曲線が目に見える、そんな伸びを見せてくれる、それが竹の会の子どもたちだった。
IQの、高い子たちは、面白いように食いついてくる、竹の会の虜になる、面白さが彼ら彼女らをさらに夢中にさせる。いわゆるいい循環に入る。面白いから、成績が上がるから、指示も素直に聞いてくれる。ますますいい循環に入る。