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現代受験論(桜修館に強い塾 都立独自校に強い塾 開成高校合格・筑駒合格・渋幕合格実績 駿台模試全国第1位)🟪核がないと、いたずらに量を漁ることになる‼️

2026.05.24

🟪核がないと、いたずらに量を漁ることになる‼️
 核がないと、勉強していても、いつも不安に苛まれる。
 試験に受かるときは、自分の中に、なにか、漠然とした、しかし、しっかりとした核があるものだ。
 核とは何か⁉️
 これがなかなかよくわからない。数学なら、200問ほどの大学入試問題にあたって、解き方の型というものがわかってくる。司法試験なら、条文から問題の事案を抽象化し、条文の文言を当てはめることかな。司法書士試験なら、問題文から必要な登記を判断することである。
 核がないと、いつも拠り所のない、迷いと不安がつきまとう。つまり、行き当たりばったりなんだ。そうなると未知の問題に会うとたちまち迷いの坩堝に嵌まり込む。
 だから学問を志すときは、とにかくその学問の核をまず手に入れることである。この核というか、真理に辿り着く羅針盤を手に入れるのは、手を尽くすことである。まず入門書を読むのが、いい。専門書よりも、平易な概説書がいい。全体の鳥瞰を得るのだ。そもそも何の学問かをつかむにはこれが一番。その上で、とにかく方法の具体化をする。具体的に何をすればいいのかを見つけることだ。そうは言ってもそう簡単ではない。
 わたしが、筋トレを始めて6か月ほどのことだったか、on the kneeについて、そのやり方が分からず悩んだことがある。写真入りの解説書を何冊か読んだが、それでできることはなかった。大事な何かが欠落しているのだ。よくYouTubeを見た。ここでも百家争鳴で、諸子百家が、動画で、時には分解的に、懇切に、説明していた。しかし、そのどれ一つとして、役にたつものはなかった。絶望したときに、たまたまひとつのYouTubeの画像と出会う。体重62キロの若者が、56キロ(片手です)のダンベルをon the kneeで、持ち上げていた。わたしは、この画像を取り込み、それは何度も見返した。.毎日何度も目を皿のようにしてみた。いろいろ仮説を立てては、実際に試して見た、何度何度も失敗するうちに、ようやくある仮説に思い至った。これだ‼️わたしは初めて30キロ(片手です)に成功した。このとき、わたしは、核を掴んだと思った。これはとにかく苦労した。さまざまなプロを自称する人たちが、YouTubeで力説していたものが、すべて真実を伝えていないのだ。自らの分析眼を信じて、心に響くもの、見たままの光景を観察、それこそ少しの微細ない動きも見逃さず観察に観察を重ね、自分の素直なイメージを具体化した。試行錯誤を繰り返し、ある日ようやく真実の触れることができた。学ぶというのは、そういうものだ。だれかに教わるということで解決できることは少ない。世の中には天才がいる。天才の能力で初めてできるものを凡人が真似するのは意味がない。しかし、凡人がいい感性を持つことはある。そういう感性から学ぶことはできる。そうなのだ。数学にしても英語にしてもそういう感性に恵まれた人から学ぶことである。学ぶと言ってもその人に教えてもらうという意味ではない。その人の感性を盗めということだ。何かを学ぶとき,学ばなければいけないのは、感性の素晴らしさだ。残念ながらわたしにはon the kneeの感性はなかった。だからわたしは観察眼でその感性から学んだ。こうなると、核を手に入れるとは、感性のある人から盗むのがいちばんいい。世の中には99%の似せ者が闊歩する。わたしは1%の真実を観察だけで見つけるしかない。竹の会という塾は子どもたちに核を伝授する塾でなければならない、とずっと信念としてきた。子どもたちに核を伝授する。それこそがわたしの指導の核心となる。

 

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