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現代受験論(桜修館に強い塾 都立独自校に強い塾 開成高校合格・筑駒合格・渋幕合格実績 駿台模試全国第1位)🟪大手塾は学習難民の飼育箱‼️‼️

2026.06.04

🟪大手塾は学習難民の飼育箱‼️
 公立小の内申が平均の子どもたちが大手塾に吸収されることの意味って何。実際、自分の子をもう2年も通わせていて、まるで成績が良くならない、そう感じている親が多いはずです。 これまで大手塾に吸い込まれるように、なんの疑問も抱かず、いやむしろ安心感さえ持って通わせていた親たちとはどんな人なのであろうか。いやもう大手信仰は昔からのことで、これは寄らば大樹の陰という日本人の国民性なのではないか。昔からお上に弱い、お上には逆らわない、という習い性である。
 大手塾に何年も通い、さしたる効果もない、いやむしろ成績は悪くなっている。受験・受検は当然落ちて、区立中学に通う間もまたまた大手塾に通い、Fラン高校へと進むことになる。わたしの知る限り、大手塾、いや中小塾も含めて、集団授業、テキスト、を軸とする塾では、子どもたちの学力がよくなることはない。むしろ崩壊が進む。なかにはなかなか成績が上がらないというので、個別指導塾にも入れるという親もいる。因みに、学校のようなレベルの低い授業について行けないからと補習塾に入れる親がいるが、補習塾は、ただの知能介護施設だ。意味はない。そんなもんでIQの問題が解決されるなら、世話はない。
 大手塾のサナトリウム化
 そもそも塾とは何かと問われても、大手塾には明快な答えなどない。塾に行きながら学力崩壊する、という矛盾が起きるのは、集団授業をすれば当たり前のことであり、塾はそんなことは百も承知のことであり、親は塾に預けて、なんとかなっていると思いたいだけであり、実は、自分の子がバカなのを知っている。だから補習塾を探したり、大手塾に預けて勉強の環境に置くことで安心しようとするのである。考えてみると、親が子どもを大手に入れるのは、自分の子ができないということを知っていて、大勢が通う、大きな塾の中に自分の子を入れて、勉強の環境に置きたいだけなのかもしれない。最初からよくなるなどということは期待していないのかもしれない。さながら塾は、サナトリウムとして機能している。
 学校の授業は、クラスの平均よりやや下にレベルを持っていくけど、それでも落ちこぼれる子ばかりである。公立学校というのは8割ができない子である。本当にIQの高い子は少ない。2割ほどがなんとか授業についていけるであろうか。だから公立学校の子どもたちが、都立を受けるというので、大手塾に集まっても、その序列は学校の序列さながらである。そういう子たちが集団授業についていけるはずもない。集団授業によって、カリキュラムは進められるが、子どもたちの学力は、1ミリも進化しない。まるで塾は飼育箱のように子どもたちを大切にする。計算も未熟なまま、割合なんかほとんど理解している子はいないだろう。でもそれでいいのだ。塾も親も子どもたちが塾に通って勉強らしいことをやってくれていれば満足なのだ。それが飼育箱なのだから。それでいったい飼育箱で何をしているのか。空白の2年、3年間を過ごす大勢の子たち。何も訓練をしないままに貴重な時期を無にする。もっとも時間をかけて基本的なことを訓練しなければならない時期に、受検というレッテルを貼られた飼育箱で無為に過ごすことになる。これは実は取り返しのつかない、自滅期間である。受験という大義名分を掲げて、具にもつかない勉強をする。当然行くことなる区立中学でどうなるか推して知るべしであるが、しかしここでも親たちは懲りることもなく、再びその大手塾に子どもを預ける。親の考える安心とは、通常とは違うようだ。できない子の親特有のものなのかもしれない。こうしてできないままに高校受験を迎えた子たちが、低偏差値私立に落ち着くのは、予定の流れなのか。低偏差値の高校は、学力不振と不良化の温床である。こういう学校を途中下車することなく、なんとか卒業して、それからどうなるのか。

 これが大手塾の見えない実績ではないか。派手な合格実績とは裏腹に、大手の真の実績はだれも意に介さないままに消えていく。わたし大手信仰などどうでもいい。勝手に自分の子を飼育箱に入れるのもどうでもいい。世の中自体が、今の政党の選択を見ればそんなものである。
 勝手に自滅するのは親の勝手だし、子が崩壊するのも親の選択の結果だし誰も文句は言わない。
 カリキュラムにしたがって進めればそうなることは分かりきったことで、大多数は理解もろくにできないままに無為に過ごす。大手塾もなかなかの商売人である。小6になるまでは、比較的平易なことばかりやる、そうしないとと大多数は落ちこぼれることはわかっているからです。ほんの一部の、IQの高い子たちだけは、別枠として、力を入れるのだが。誰でもわかることしかやらないのだから、大多数のIQのない子たちには、実はできないということがわからない。親も騙される。自分の子が実はできないままだということをなかなか悟らない。しかし、これも小6になるとそうはいかない。ただほとんどができない子たちの中での、模試の偏差値は、そけこそきない子たちの中の序列であり、偏差値はそれほど悪いようには見えない仕組みだ。つまり、実体とかけ離れた偏差値が親たちを失望させない。井の中の蛙大海を知らず。

 

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