2026.06.08
🟪桜修館に1年で合格できるか‼️
簡単です‼️
内申点が、ほぼ全て「よくできる」なら、資格ありです。ただ過去において内申がかなりいい子でも、IQがともなっていない子がそれなりにいました。内申がいいこと、かつ、IQがともなっていること、です。それなら1年でなんとか合格レベルに持っていけると思います。
「なんとか」というのは、本来なら小4から小5まで2年はかかる算数力をIQ頼みで短期につけるのがなかなか大変なことだからです。どうしてもじっくりはやれない。だからIQ的に理解できない、と無理ということです。
計算力、割合力、適性力を鍛えること、これだけです。
計算力 中学受験難関レベルの計算問題を4問5分で正解できる力が必要です。適性計算のため、10桁の小数の割り算をできるようにしておくこと。
割合力 割合の基本の考え方を理解し、芝中レベルの算数が正解できるほどの力をつければ文句なしです。
算数力に磨きをかける❗️ギリギリまで、算数を解いてください、
適性力 過去の良問を100題ほど解いて、適性のセンスをつけてください。
以上の課程を竹の会では、計算を除いてすべてレジュメで訓練します。レジュメだから、効率良く終わらせることができるのです。竹の会の選りすぐったレジュメが、超速で、合格域へともたらすでしょう。
作文のことは心配しないでください。竹の会では、180点/200点を取った子など高得点者が多いのですが、48点で受かった子もいます。つまり、作文では決まらない。算数が勝負です。
作文は、過去問を使って、実際に、書いてもらい、わたしが添削します。私の添削で、合格点を取った子は、みな本番でも高得点を取っています。安心してください。
内申点の比重は大きい。これは、IQの高い子の試験だということです。私の眼鏡に適った子なら、ほぼ間違いなく、特に、今の私なら、合格を取れる、と思います。
🟪こだわりはいいことか‼️
受験におけるこだわりの正体‼️
敵を高く見積もるとこだわりが強くなる。普通にやってたら受からない試験だと決めてかかるから。参考書にこだわり、取っ替え引っ替えやることになる。果ては、文房具にまで、こだわり、はたまたこだわりは日常生活のあらゆる場面に及ぶ。これはもはや自滅でしょ。
芸術家は、こだわるからいい作品が生まれる。芸能人は普通服装にこだわる。こだわるというのは、普通じゃ満足しない、という意識がある。平凡は嫌なのである。それは自分を特別の存在と思うからである。特別な自分は平凡な他人とは違う、より高い位置にある、という意識である。
しかし、達人、名人ほど、自己の至らなさを思い、自分は、普通の人間だと思うようである。特別、こだわり、というのは、自分に自信がない、裏返しの顕れなのかもしれない。
刑事が事件にこだわりを持たなければ、事件は迷宮入りとなるかもしれない。こだわりのない芸術家から、傑作が生まれることもある。こだわりの出処はそうかもしれないが、こだわりのもつ功罪の功の功績は大きい。罪については、先程述べた。こだわりで自滅する、本末転倒、主客逆転に陥ることである。
鞄にこだわる❗️財布にこだわる❗️これは、いいものを求めるということである。
しかし、いい物は際限がない。参考書、問題集にこだわると、底なし沼にはまる。人気の参考書を手に入れて、早速始める。3分の1ほど進めたところで、評判の参考書があることを知る。合格者がよく使うという情報もある。それで乗り換える。これはまずい選択である。せっかく進めたところが無駄になる。また新しく始めることになる。最初の参考書をやっていたらもう終わって、読み直しの段階に入れたはずである。これは、デカルトが「方法序説」で述べている。どんなにいい物が出ても最初に選んだ物をやり抜くことが大切ということを論理で説いている。司法試験などもこの参考書の選択を繰り返すことで失敗する人が多い。
いい物は1つ‼️でいい❗️
何か、いい物を手に入れると、2つ欲しがる人がいる。1つがダメになったときの保険である。商品が廃盤されることだってある。これはどうなのか。確かに、合理的な考えなのかもしれない。しかし、2つあると、1つを大切にしない。また、さらにいい物が出ることだってある。
1つを大切に使い、壊れれば修理し、使う。いや壊さないように扱う。1つと2つでは、大切さに対する意識が違う。もうこれしかないという切実さが真剣にさせる。私の今の到達点である。1つでいい。いい物を選別することにこだわるようになった。参考書の鑑識眼もかなり良くなった。あまり、失敗しなくなった。
2つにこだわるのは、覚悟がない。これしかないという、揺るぎなさが、迷いを払拭する。受験というのは、覚悟であり、これしかない、と決める、確定する、の積み重ねが、心から迷いを払拭する。
レジュメにこだわる‼️
平成17年執筆開始の高校入試レジュメ、平成20年執筆開始の割合・算数レジュメ、平成24年執筆開始の都立中高一貫校レジュメ、わたしは、レジュメをひとつの芸術作品として制作を心がけて来た。パソコン・ソフトの技術の向上とも相俟って、精緻・精妙な作品が次々と誕生した。令和8年になって、今では、夥しい数のレジュメが、蓄積されている。現在は、特に、優れた、秀作を少数、使うだけで、合格を勝ち得ることが可能になって来た。平成26年不安から無闇にレジュメをやらせて失敗してしまった。思えば平成25年の合格は、実に少ないレジュメがもたらしたものだった。令和8年桜修館合格は一つの実験になった。本来合格者がやって来たレジュメの何分の一にも足りないレジュメで、合格、しかも高得点合格を果たしたのだ。量ではない。質だ。今はそう思っている。
わたしは、よくレジュメを処方するという言葉を使う。子どもは、学習に関しては、病人であり、その病状に即して、適切なレジュメを処方する。だから病状によっては、新たなレジュメを製作し、処方することになる。これもこだわりである。






