2026.06.24
🟪読解についての、わたしの思い‼️
国語読解法について、予備校の隆盛とともに、主として、予備校講師を中心に、テクニカルな読解法というものが、唱えられてきた。20年、30年の歳月を経ても、その潮流は変わらない。諸子百家が、自分の感想(方法論らしい)を主張した。百家争鳴。わたしも一時期そういう本をあれこれ読んでみた時期があった。わたしの性格もあるかもしれないけど、どれひとつとして、確実なものはなかった。最近、諸子の中に、ただ読むだけ、という本が、あった。そうだよな、そうなるよな、と至極納得したものだ。それでその諸子の本(「現代文最強テクニック」宗慶二著)を読んで見た。面白かった。というか、本文はほとんど読んでないのだが、大学入試問題のところだけ解いてみた。この時、この本の最初にあった「文脈」という言葉が気になって、文脈についていろいろ調べて見た。恥ずかしい話しだが、正直「文脈」という概念について、かなり曖昧なままにしてきたと思う。最近、いろんな本で、文脈、文脈と出てくるものだから、頭から離れない。文脈って、意味の流れだろ、と顧みることがなかった。件の参考書の中の大学入試問題をとにかく解いていった。選択肢問題だけしかないのだが、読んでは解く読んでは解くをひたすらやったら、あっという間に終わった。正解率は、ほぼ100%、いや実は、2、3ミスった。まずいな、やはり文脈の概念を疎かにしたせいかな、そう思い、あらためて文脈とは何かについて、考えてみることにした。
どの参考書も、文脈という言葉は使うが、その定義がない。定義なんて、常識という扱いか。文と文のつながりだとか、言われても、なにか、判然としないものがある。これは腰を据えて、追求するしかないな、と腹を決めた。
驚いたことに、文脈の概念、文脈とは何か、そういうことの疑念が吹き飛んだところで、改めて、大学入試現代文を解くと、恐ろしいほどに、よく見える、明確になる、視界良好、これか、探していたものは。だから解けるのか。
「その話しまだ続くの❓」というときの「その話し」が、文脈だ。いや、「何について語っているか」というのは、読む者は、普通に考えることじゃないか。何が書いてあるか、を考えながら、読むのは、当たり前の話しだ。そして、文脈とは、その「何の話し」が、続くということだ。続くのだから、終点がある。どこからどこまでその話し❓ということになる。
読解、読解と喧しいが、なに、何が書いてあるか、語られているか、それだけのことだったのだ。
文脈論だから、何が語られているか、に注意を払う。だから、何が語られらていないか、も当然重要だ。いや、何が語られらていないか、を注意することは、語られらていることの必然性を明瞭にする。それに、選択肢問題においては、フェイクの選択肢、つまり、語られていないことを選択肢の一つとすることは、常套手段だからである。現代文の問題を難しくさせているのは、語られられていないことを、まるで本文の論理的帰結が如く出してくるからである。選択肢の判断で、その選択肢が本文の主張から論理的必然性あるものか、がもちろん重要であるが、仮に、その論理的なことが言えても、それが本文でそもそも語られらていることなのか、出題者が考えて選択肢にしたのか、である。
普通は、語られていないことは、譬え論理的には間違いないとしても、それは、正解選択肢にはなり得ないのではないか、ということである。
選択肢問題において、消去していって、選択肢が2つ残ることはよくある。どちらとも判断に迷う。それはどう考えてもどちらも正しく見えるからだ。そういうとき、そもそも本文で語られていることなのか、を考えてみることである。語られていないものが、本文とは矛盾しない内容で、論理的には、本文を前提として、あるいは、本文の前提として、書かれているかもしれないのである。だから、どちらも正しいように見えるのだ。そうなると、文脈論において、「その話し」の前提は何なのか、その話しは、選択肢の前提なのではないのか、そういうところに気を配りながら読むことで、よりクリアになるのではないか。
現在執筆中の「国語ポイント集」は、わたしの読解論として、文脈論を展開している。高校入試の国語の対策にもうあれこれ悩まないで済む、そういうことをコンセプトにした。だから、語彙を軸に、現代文のアプローチ、古文の輪郭など触れている。網羅的になること、完全性にこだわることを、極力避けた。「慶応の国語が解ける」「日比谷、西村の国語が解ける」が、この本のコンセプトである。実は、本年の高校入試に間に合わせたい。それで、いろいろ不完全は承知で出すことにした。この本を出してもそれで終わりではない。いや「国語ポイント集」は、これから育てていく本である。だから毎年増補改定版を出すことになる。不完全を承知で、買っていただきたい。また使っていただきたい。文句のある人には買ってもらいたくない。みんなで育てていく本である。だから使ってみていろいろ指摘していただければ幸いです。
7月中旬には、出版できるか、と思います。
この本は、ひとり受験目的としてではなく、教養をつけるのに適した本かと思料しております。是非一家の教養書として、何冊か揃えていただければ、日本語の常識の勉強になる。特に、古典については、基本的な知識を整理して提供しております。高校入試の古文は、文法が抜けておりますが、それでも慶応女子、慶応志木では、原文が出題され、かなり深いところまで問われております。だからわたしは、やや踏み込んで解説しております。この辺のところも日本人の古典の教養として役に立つはずです。いつも鞄の中に忍ばせて、気が向いたら読むというのがよろしいかと思います。今回も竹の会の関係者の、皆さんには、著者権限で、割引価格でお分けします。ただし、予め申し込まれた方限定です。






