2026.06.29
🟪子どもを木偶の坊にする親の無策‼️
かつて塾に、いや教育に無関心な親が多数の時代があった。中学受験をする家庭は、限られていた。中学生の多くは、中3になってから塾を探す。それまでは目一杯部活をやっているわけだ。そのほとんどが大学を考えてなく、底辺都立や私立からよくて専門学校へ行くというのが、多かった。東京の教育民度は相当低い、と思ったものだ。わたしの、地方の県立は、200人ほどがどこかの国立に行っていたから、それが普通だと思っていた。
最近は、竹の会に来る人も教育偏差値の高い親御さんが多くて大学受験を視野に入れて、子どもを託する人が普通になってきた。
しかし、正直、驚くべき人たちが、未だに、多数なのではないか、と事実を再認識している。
それは、(1)小5になっても、無塾の家庭が、結構いるのだということ。
(2)大手塾に通いながら、基礎学力をつけられない子たちが、多数いるということである。
(1)について。
基本学校だけでは、高い学力をつけることはできません。無塾の家庭では、なんらかの通信を受けている家庭が多いのですが、そういうものは、ほとんど無意味です。そういう子たちを実際に指導した経験からです。とにかく基本学力が、何もついていませんでしたね。小学生は早期に訓練することが大切です。ところが最近の親は、ピアノだとか、必ず何か習い事をさせるが、基本学力についてはかなり軽視している。早期英語かなんか知らんが、英語にえらい熱心な親も多いけど、まず日本語でしょ。日本語の文章の読み取りも満足に出来ないのに、英語とか、笑えます。それから、きちんと計算できて、割合なんかも深いところで理解していること、これがどれほど大切なのか、ほとんどの親はわかっていない。
塾に行かない、というのは、普通に考えれば、親の教育民度が低いということ、また子どもも勉強から距離を、置いたところに自分の居場所を見つけている、ということです。
わたしの経験から、塾に行かない子の学力はかなり低い。親が牧歌的に捉えているのも、現実からはズレている。一つは、経済的な制約が大きいのかと思う。塾になんてカネなんか出す余裕なんてない、というわけです。一つは、何も考えていない親です。学校行ってりゃー高校に行けると何も考えていない。つまり、何も知らない。世間とはかけ離れた世界に棲んでいる人たちです。いずれにしても、IQが高くない限り、小5あたりから動き出してももうどうにもならないということです。
(2)について。
(2)は、大手塾に小4とか、小5から通っている、という家庭である。
大手で、テキスト使って、集団授業受けて、愚にもつかないことばかりやって、何年間かを無駄にする。
大手に何年かいたという子の学力を見る機会がたまにあるが、まったくできていないですね。だから2年も通って、いったい何を習ってきたのか、ということになる。
いいですか。小学生というのは、集団で教えるのは、無理なんです。訓練してなんぼなんです。訓練というのは、勉強の訓練だけのことではない。割合を考えるところから始めて、主体的に勉強に取り組む姿勢を作り上げるのも訓練なんです。いわば勉強のスタイルを身につける。自ら計画的に勉強する、そういう個人を作り上げる。訓練とはそういう意味です。
ここでも中学受験向けの進学塾と、都立中高一貫校向けの塾とでは、カネのかかるのは同じだが、レベルは月とスッポンである。前者は、必然的に、落ちこぼれが一定数出ることは昔から変わらない。後者は、私立に出せるほど経済的余裕がない家庭が中心と思われるが、実はそうでもない。あの高額の費用を出せるほどの家庭も相当数いる。
塾に行ってるのに、学力がついていない、というか、真の意味の学力をつけけられる子は絶対的に少ないのではなかろうか、と思う。小6になって、計算未熟、割合不理解、勉強スタンスなし、という子たちを過去多く見てきました。
いったい、塾に行って何を習ってるの、塾って、何するところなの❓という根本的な疑問が湧いてくる。
小6にもなって、割合の問題が、解けない、それでいいの❓ いったい、塾はどういうつもりで、高いカネ取って、理解もしない子たちを、大量生産しているのか❓ と問わざるを、得ない。子どもたちに遺るものを何もやってないじゃないか。
親の民度も疑うしかない。子を中身のないカスにするのは、ほかでもない、大手を頭から信じ、丸投げする親たちなんですよね。
そもそも公立小にはまともな知能の子は2割ほどしかいない。ほとんどが教えてどうかなるものではないのです。こういう子に、高いカネ取って、集団授業やるのは、考えられないことです。
こういう子たちこそ、繰り返し、反復、基礎の訓練をしなければならないのに。そもそも教える形式の塾が成り立つわけがないのです。こういう子たちに、まことしやかに予習とか、復習の大切さを説いて、やらせても、無駄なだけです。こういう子というか、公立小のほとんどの小学生は、そこまで自立していない。教えられるものではない。訓練して、反復、繰り返しで、手取り足取りの指導をしなければ、独り立ちできないのだ。親が、塾とは何か、真剣に考えたこともなく、大手ならと、反射的思考しかないから、大手に放り込む。また、自分の子どもの能力も買い被る。塾に行けばできるようになる、さあ、安心。しかし、2年も、3年も通って割合もできない、出来損ないにしてしまう。
わたしの知る限り、大手に通う生徒で、まともな子に会ったためしがない。
塾も、親も本当のところは、見て見ないふりして、事実を糊塗する。本質から外れた言動にばかり走る。本当に大切なものは、みんなが見ない。それが普通のことのように。割合の簡単な問題を本当に理解したのか、そのことを確かめること、いつだってできるたことだ。しかし、そんなこと何ひとつやらないで、(本人には)難しいテキストを先に進める。大事なのは、予習、復習を、きちんとやることだ、と叱咤する。いや洗脳する。大事なことは、今、わからないことが何か、それをどうしたらわからせられるか、でしょ。普通に考えたら、そんなことはわかることだ。
わたしは、真にわたしのやり方に共鳴する親御さんだけにきてもらえればいいので、言いたいことは言うことにしている。それに竹の会には、一つの学年が一人いればいいほうなので、特に、竹の会に無関心な人たちに媚びを売る必要もないので、言いたいことは言うことにしている。しかし、真実を、言うことにしている。本当のことを言っている。わたしの言うことが、これから塾選びをしようとしている人の一部に、伝わればそれでいいから。
竹の会は、少数の、理解者に支えられて、40年余の間、生きながらえてきた。少数の子しかいないが、個人指導と言ってもいい指導システムを採用しているので、一人一人に手が届くように、訓練している。小学生は、教えるのではなく、訓練する、ということです。様々な、基礎訓練を重ねて、初めて、真の意味の指導ができる、ということです。
大手志向の親が、竹の会で、話してみて、何を考えているのか、よくわかりますね。本質的なところは何も見ていない、というわかっていない。2年、3年かけて、中身の空っぽの小6に仕上がる。わたしには、わかる、わかり切ったことです。もうそういう親子を40年余見て来ましたからね。
竹の会は、竹の会のやり方に、真から共鳴された方のみ来ていただければいい。特に、生徒を集める気もないし、勉強に気持ちのある、少しの子たちが、来てくれれば、それでいい、と思っています。竹の会で、計算をこなし、割合思考の基本を身につけて、自分で考えるスタイルを身につけていけば、少なくとも、子どもたちに、一生ものの財産を与えるという、わたしの、塾のスピリット、そう使命を果たせたのかな、と思います。受検に合格というのが、一番いい形なのか、とは思いますが、これは、IQ次第ということもあり、誰でもというわけにもなりません。
わたしは、IQがこのくらいあれば、内申がこのくらいで、合格可能と、判断できます。その判断はほとんど的中してきました。だから、わたしの、子どもを観る目は、確かです。見込みのある子なら、合格させます。しかし、この子は、とにかく基本を身につけるのが、先だという判断もあります。大手のように子供の能力も考えないで、いや実はわかっていて、受験だ、受験だと煽るだけ煽って、高額な講座費用のために算盤をはじくやり方に大勢の親がなびくのがわからない。さらに、自分の子が中味が空っぽのままになっていることに親は何もきづいていない。カネかけてばかにする、そういう世の中です。






