2026.07.16
🟥判断・選択を誤る親ばかり!
受験で失敗する親の必然
世の中は、頭のおかしい親ばかり‼️
とにかく狂ってる。考えてみれば、世の中は、SNSが氾濫し、洗脳された大人(中身は空っぽ)ばかりではないか。AIとかが、人間の脳を蝕み始めて、この先、脳みそ空っぽの大人が蔓延することになるのか。受験で大騒ぎして、成功組となった人たちが、大人になって悪いことばかりしている。自己保存と自己利益ばかりを求める人間が、社会に滞留すると、これはもう、わたしたちが、自己利益を追求すればこうなるという当たり前の結果にしかならない。もともと生存競争とは、利己主義の結晶であるのだから、そうなることは目に見えている。政治というのは、本来、人民のため、という大義名分があるから、政治なのである。個人が矜持を持って、やる以外に保証はない。しかし、昨今の政治家、官僚にはそんなものはない。政治家は、選挙があるから、どう国民を騙すか、が、仕事となる。選挙のたびに国民を騙して、見かけだけのまやかし金でやり過ごし,国民いつも騙されるのだから世話はない。
とにかく、見識のない、軸のない、周りの雑音に左右される親が異常に増殖している。竹の会の問い合わせをみていると、 十年前とは、明らかに、親の質が下がっている。確かに、自己保存と自己利益だけは、変わらないが、思考のレベルが明らかに落ちている。
もちろんまともな親はいる。しかし、少ないだろうな。教育というのは、カネのかかることは、江戸の昔から変わらない。昌平黌に行けたのは、上級武士、裕福な商人の師弟に限られていた。明治になっても、帝国大学、旧制高校に行けたのは、金持ちの師弟である。
現代は、カネをかけられない層は、まともな教育の機会さえない。それはそれとして、中学受験をやるという親も相当心が捻れ曲がった人間なのかもしれない。教育が、生存競争となると、利己主義が、悪い形で顔を出す。学校、塾を単なる道具としか思わない親が増えるのは必然の流れか。いい大学出ても、ろくな人間にならない、のは、なんとも皮肉なことだ。
しかし、いずれにしても、高い教育の機会を得るには、カネのかかることは変わらない。カネの制約から、教育機会回避を選択する親も多い。子の未来も、そういう選択が、まともに子に災厄として降りかかる。まだ幸いなのは、誤差はあるけれど、選抜は、実力勝負ということである。成功は、カネと才能の積の関数であり、カネも才能もあればより成功に近づく。カネがあっても才能がないなら、成功は薄い。才能だけで勝ち得るか。もちろんありうる。しかし、例えば、資格試験では、才能前提に戦うことが常であり、カネのある者が、予備校掛け持ちで、勝つパターンが多い。特別の天才と言われた人たちも、例外なく、予備校を利用しての、結果である。昨今の、資格試験予備校にかかるカネは、大学の一年分の費用と変わらない。これをダブルで通うとなるとかかる費用も半端ではない。
現代の、中学受験にかかる費用も半端ではない。めでたく合格しても、進学校なら、私学の費用と塾の費用がかかる。高校入試は、公立中学に行く人が多数と思うが、これも、才能と、塾に行く時期、早くから行ったとしても、カネをかけない行き方では、まるで違う結果になる。また、選んだ塾によっても決定的な違いを、もたらす。つまり、塾の選び方によっては、失敗が常にある。よく誤解されているのは、都立志望なのに、大手に行く親子である。わたしの知る限り、大手は、都立には適さない。というか、大手に行ったがために、失敗した人なら、かなり知っている。
これは、一般的に、全体を取り扱う大手のやり方が、合わない、ということだと思う。都立は、個人対個人のきめ細かい指導が、必要だということである。
また、補習塾は、受験に適さない。特に、独自校は、先取り、前倒しの勉強をしないと、とても間に合わない。
よく誤解されているのは、中3から伸び悩む子のことである。これは、かつては、その子の能力のせいにするのが一般だったが、これは間違いである。高校入試というのは、中2までに、高校入試の範囲を、一応終わらせておく、そういう準備をしなければならないということである。中2までに、所定の学力をつけていれば、中3から急カーブを描いて伸びるのだ。これは、わたしがもう昔から実証してきたことである。しかし、わたしの言を信じない人たちが、失敗することになる。ここでも、カネかけないという姿勢が、不幸を、招く。わたしは、失敗する、とわかっていた親子をどれだけ、傍観してきたことか。このままそのカネかけない、倹約前提のやり方を続ければ、落ちることになる。そんなことはわたしには、手に取るようにわかる。しかし、カネをかけない姿勢というのは、家庭の経済的事情なのだから、どうにもならない。落ちるべくして落ちた人たちをどれだけ見たことか。教育は、カネで乗り切る、これが、現実である。
家庭の事情で、なにもかもカネをかけないで、済ます。かからなような方法を選択す。こういう人たちが、結局失敗するのをわたしは何年も見て来た、
凡人は、本番が近づくと、途端に、家族あげて、夢中になる。それまでは、好き勝手をして来たのにだ。なんとしても受かりたい、と親が懇願する。「受かりたい」と子が泣くのをわたしに訴える。しかし、直前にがんばったら受かる、そんな虫のいい話はない。それまで、実家帰省、家族旅行、家族で食事、部活、発表会、好きなことやって来たじゃないか。
受験というのは、予め何年かの準備期間があることを前提にして、早期に仕上げるための手順である。準備を粗略にして、本番前1年から、中には直前3〜6か月から、などというのは、戦略ゼロの、あまりにも行き当たりばったりの、対応ではないか。そういう親子ばかりであった。
高校入試は、中2までに、準備を終えていない者が、脱落するシステムである。
なぜ、中3からの準備では間に合わないか。
中3から、中3の勉強を始めれば、どうなるのか。
まず、数学を例に見てみる。
学校で習う教科書レベルも、レベルが高く、かなりの演習が必要である。もちろん基本的知識を習得するのに必要な演習である。高校入試レベルは、その数倍難しいと考えていい。
ここで、ある程度、竹の会なら偏差値68ほどか、を中2までに終わらせておけば、勉強環境はガラリと変わる。数学以外の他の科目にも時間をかける余裕ができる。
ほとんどの中3生が、数学一つ完全に終わらないままに、定期テストに突入することになる。
中2までに、中3の履修事項を終わらせておけば、中3以降の勉強は、視点がガラリと変わる。入試を踏まえた、鳥瞰的な取り組みが可能となる。
竹の会は、早い子で、中1までに、中3履修事項を終わらせて来た。竹の会が、大手を超えたところで、受験勝負をしていることは、高校入試というものの正体を知り尽くした結果のことである。
しかし、多くの親の態度は、とにかく中2までは、学校の進度にしたがい、高い内申を取ることで、内申がいいことで安心し、中には、「日比谷でもうけたら」なんてことを言う親も出てくる。あまりにもおめでたい。ところが、中3になると、途端に、事情が違ってくる。これまでのように、授業を真面目に受けて、定期テストもがんばるのだけれども、点が思うようにとれないのだ。たまに、例外がいるけれど、それは本当に例外である。天分に恵まれた子というのは、いるものである。そういう子は、内申は高いままである。オール5というのもいる。ただし、実力というか、偏差値は、低い。だから、日比谷どころか、精々都立目黒あたりで、お茶を濁すことになる。わたしは、そういう落ちパターンの子をよく耳にした。
それまでできてた子が、中3から伸び悩む、落ちるというのは、原因ははっきりしている。中2までの勉強に問題があるからだ。中3の履修内容をできるだけ早く終わらせる、そういうことをよく分別している塾を選ばなければならないのは、もうおわかりでしょう。塾ならどこでもというわけにはいかない。補習塾など意味はない。学校の進度に合わせてやる、そんな塾行ったらすべて終わりだ。進学塾は一応正しい。ただ、トップ都立に行きたいなら、進学塾は失敗する。
わたしは、多くの大手に行った、都立志望の子たちの、悲惨な姿を目撃した。
合格発表の日、あれは都立戸山だった。竹の会の子の合格を確かめて、向かった帰りの地下鉄のホームは、異様な光景だった。落ちた母子、父子が、下を向き、子は泣き、父親は、何かを睨みつけるように打ち沈み、母親は、元気なく肩を落とし、ある子は、塾の先生に電話をしている、「日本女子に行きます」となんとも言えない表情、ホームは、異様な空気に満ちていた。これから私立に納める百万単位のおカネのことを考えているのか。これから3年間経済的に厳しいことを思っているのか。暗い表情の父親と母親。ただ泣くだけの娘。これが、あなたたち親が、大手塾に行った結果なんですよね。十分その選択の代償を被っていますね。選択の誤りは、本番の結果が容赦なく断じてくれることでしょう。
本番に強い子、というか試験にとにかく強い子というのがいます。模試でも、失望させない。必ず、驚くような結果を出す。試験に強いということは、もちろん定期試験にも強いわけで、内申はオール5。とにかく負け知らず。それで都立は、青山の推薦を受けたわけですが、初めて失敗。それから本番まで、とにかくがんばって、無事合格。最後は、危なかった。
さて、これとは、逆に、とにかく試験に弱い子というのがいる。定期テストは、直前勉強しているのに、よかったことがない。当然内申も悪い。本番で落ちるのは、このタイプの子だ。とにかく落ちる選択肢しかない。
わたしは、よく「この子は、試験センスがいい」という言い方をする。もちろんIQというのが、根底にある。センスがいいという子は、IQが比較的高いと思われる。いやセンスとは、IQそのものだろう。センスのない子は、つまりは、IQが低いのである。






