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現代受験論(桜修館に強い塾 都立独自校に強い塾 開成高校合格・筑駒合格・渋幕合格実績 駿台模試全国第1位)🟪「曖昧さ」のもたらす害悪‼️

2026.07.30

🟪「曖昧さ」のもたらす害悪‼️
 曖昧な状態は、脳では把握できない。脳に認識されない‼️
 曖昧な知識は、忘却のシステムに廃棄される。曖昧なものを曖昧なままに記憶に留めることはできない。
 対象が曖昧なものを覚えることはできない。また、理解が曖昧なものを記憶に留めることはできない。記憶できるのは、明確なものに限られる。理解が曖昧なものは、むしろ忘却の対象となる。わたしたちは、これから覚えようとするものを明確にする必要がある。無限に広がる知識は、絶対に記憶できない。だから、範囲を限定するのだ。

 頭をクリアにするとは、認識の対象を明確化することにほかならない。
曖昧さは、曖昧さを加速させる。曖昧な知識に曖昧な知識を積み重ねることはできない。
 こうして知識を覚えるには、その前提として、知識をより明確化する必要があるのである。明確化は、まず対象の意味を理解することが第一である。ただ覚えるしかない知識はどうか。例えば、年表、社会・理科のただの暗記するしかない名称など。あるいは英語の単語。そのまま声に出して反復暗誦するということは、中学の頃、よくやった。なかなか覚えられないので、語呂合わせなんかも利用した。表にして、つまり、整理した状態で、何回も確認した。つまり、少し明確にして覚えた。この辺のところが、若い時代のわたしには、不徹底だったのだと思う。つまり、もっと明確化の徹底をするべきであった。例えば、無味乾燥な知識も、意味(物語)を付与するだけで、明確になる。後年知ったのは、人間は、「物語」を通して知識を獲得するということであった。だから、覚える前にまずあらゆる明確化の手立てを講じろ❗️ということである。
 一般に、 勉強のできない子というのは、理解が、不十分なために、そもそも対象が曖昧なのである。曖昧なものは、一切脳は受け付けない。だから勉強というのは、曖昧なところを明確化することと言える。曖昧というのは、整理ができていない、つまり、対象が混沌としているせいかもしれない。いやもっとそもそも理解すべきことを理解していないせいかもしれない。よくサブノートを作るのも、実は、理解をするため、混沌を整理するため、意味・物語を知るためである。
 さて、こうして、勉強の目的とは、すなわち「曖昧さ」を駆逐する一連の思考作用であると言える。勉強に取りかかるとは、さて、今から、学ぼうとする事、内容を如何に明確化するか、言い換えれば、曖昧を駆逐・駆除するか、ということである。
 勉強とは、最初から最後まで、常に、「曖昧」の排除にかかわる。裏から言えば、これが、理解する、ということにほかならない。
 こうして、理解するとは、「曖昧」を無くすこと、ということになる。
 曖昧消去の方法
 何が曖昧なのか、何が理解できないのか❓
 公式の意味❓ 数学の、ある仮説の意味、例えば、ベクトルとは何か❓
 ある文章の文脈が読み取れない、これは曖昧ですね。文脈が読み取れないのは、語彙が足りないため、前後の文脈が曖昧ということが多い。元素の周期表を覚えていない、そのため化学の教科書の文章が曖昧ということはある、事件の起きた年がわからない、だから歴史の理解が曖昧ということもある、
 とにかく、曖昧の追放が、勉強の目的です。そこをそのままに、覚えようとするから、理解しないままに覚えようとするから、覚えられないのです。

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