2026.08.05
🟨「アリの一穴」‼️
※「蟻の一穴(ありのいっけつ)」というのは、どんなに頑丈に作られた堤防でも、蟻が空けたような小さな穴が原因で全体が崩壊してしまうということから,わずかな油断や些細なミスが、やがて取り返しのつかない大きな失敗や災いを招くことへの戒めとして使われる。
そうならないように手を打って来た‼️
しかし、それに乗って来ない親子ばかりだった。失敗するのはわかっているのに、思うようにやって失敗していった。
わたしには、これからどういうことになるのか、よくわかっている。このまま今の状態を続ければどうなるのか、わかっている。そしてその結果はいつもわたしの予想した通りになった。受験は当たり前なように失敗していった。
だから、わたしはそうならないように、手を打ってきた。しかし、わたしの手立てはいつも避けられる。それは、世の中の、普通の家庭は、できるだけ安く済ませようと動くからだ。塾費を払うのがギリギリなのだ。こういう倹約家庭は失敗するしかないのだ。
教育費を倹約すれば受からないのだ。
これには2つの前提がある。
1つは、そもそも子どもは、一人で勉強することは、できない、ということだ。二人ならどうかということではなく、一人でやる勉強に意味がない、ということである。よく大手塾では、自習室を提供するけれど、そこで何時間勉強しても、なんの効果もない。少なくとも、中学までの勉強は、誰かの指導がないと、ただの時間つぶしになってしまう。だからわたしはできるだけ指導時間は長くとるようにしてきた。そうしなければそれが合否の分岐点となるからだ。
2つめは、受験というのは、カネのかかる仕組みだということである。ここで、倹約家庭、貧困家庭は、振り落とされる。エナの夏期の合宿費用は、約80万円と聞いた。合宿そのものはわたしには如何にも非効率なやり方だと思えるのだが、問題はこの費用を出せる親が、2000以上あるというは驚きである。おそらくそういう環境の中にいると、金銭感覚が、麻痺してしまうのだろう。商売なんだよね。株式会社「塾」は、明確に営利目的の団体である。80万に見合う成果があるのか、というとそこは不明である。塾側はとにかくその効果を大きく喧伝するであろうが,そして親も、そのその気になるのかもしれないが,ほんとうのところは何もわからない。なに,調べるのは簡単さ。1つだけ割合の問題を解かせてみればいいだけのことだ。竹の会で大手の子がまともに解いた例はほとんどないけどね。
ちなみに、「裕福な家庭に生まれた人は豊かになる確率が高く、貧困な家庭で生まれた人は貧しいまま死ぬ確率が高い」(ハーバード大学マイケル・サンデル教授「白熱教室」)。また、東京大学に通う学生たちの親の年収が全国平均に比べはるかに高い。
つまり,教育とは,カネを出せる家庭の話である。カネを出せない家庭,倹約する家庭の子は,貧しいのの死ぬ確率が高いのだ。
いずれにしても、塾は、採算を度外視することはできない。親はある程度の覚悟はして受験という道を選択する必要がある。しかし、受験に耐性のない、素人家庭は、できるだけカネのかからない選択をする。合格のために、という発想は薄い。こういう倹約精神は受験では災厄となる。このことは肝に銘じておかなければならない。さらに、保護者の学歴が高いほど、また年収が高いほど、小学校6年生、中学校3年生ともに全国学力テストの点数が高い、という事実がある。特に、数学において、保護者の年収差が与える影響が大きいとされている。こうして、統計上は、生まれた境遇による成功の確率差は明らかに存在する。
小6になってから、初めて受検を志し、塾を探す家庭があるが、これは、現下の受検では、無理である。かつてと違い、今や都立中学は、小4から取り組まないと、とても対応できまい。現下の区立小の子のレベルの低さを考えると、なおさらである。おそらく計算も満足にできない子が、周りの受検ムードに惑わされて、「受検を」などと言い出したのだろうが、それまで何の準備もしてこなかったのに、太刀打ちできるはずもない。これから大手に行って付け焼き刃の知識をあてがわれて,もがくだけである。すぐに塾に通っている意味がないことに気づくはずである。もっとも大手の巧妙なカモフラージュに丸め込まれるかもしれないが。
基本の基ができてない子がどうなるか、基本を習うこともなく、どうせ落ちるだろうが、基本もできてないままに、区立中学にはいれば、どうなるか。落ちるところまで落ちるほかないだろう。哀れ、としか言いようがない。
基本ができてない、それだけで、その綻びは、やがてガラガラと音を立てて崩れることはわかりきっている。「アリの一穴」というが、現下の、東京の、親子を見ていると、基本ができないままに、受検目的というお呪いに惑わされて、基本をひとまず回避して、カリキュラムを進めるという、なんとも無謀なことをしている。そんなことをやっていれば、いずれ破綻することは目に見えている。ところが、親は、できないというので、そのわからないという教材を教えてくれるところを探す。そんなところにはない。基本がわかっていない、ただそれだけのことだ。できないのは、基本ができていないからだ。だからやらなければならないのは、基本でしょ。ところが、基本をきちんとやってくれる塾なんてほとんどない。探してみればすぐわかる。そもそも小学で無塾というのが失敗である。受検するかしないかなど関係はない。小学期はとにかく徹底して「基本」をたたき込むことである。これを疎かにしたまま先へ進めるなど考えられない。それはやがてアリの一穴となり,その子の人生を根底から崩壊させていくことだろう。そもそも東京の親は,自分の子が,基本もないのに,勝手に基本は簡単だからと適当にやり過ごすのがほとんどである。とんでもない話である。竹の会は,あらゆる計算をまず指導前にやってから,本業に入る。割合概念については,小2から始めればみっちり3年は訓練する。基本というのは,少なくとも2年はやる必要がある。簡単に済ますなどあり得ない。大手はカリキュラムがあるから,そういう真似はできない。だから基本のない,バカ小学生がそのことにも気づかないで,無駄に時間を潰すことになる。それを是認、放置した親の罪は大きい。もっともその代償はあげてその親子が被るだけのことではあるが。






