2026.10.13
🟩マイナスの行動を取る子‼️
「律」のない子たち‼️
「律」とは、自分を律する心である。親は子に「律」を教えて来なけれならなかった。躾けとは、律を教え込むことをいう。「律」を知らない子は、彷徨うほかない。自分を持たない、周りがどう動いたかでしか判断できない。そういう親が繁殖して、世の中が荒んでいく。
「律」は、我慢する、辛抱する、耐えることから、形成される。甘やかされたペットが、飼い主に吠え掛かり、噛み付くようになる、のは、人間も同じだ。放たれた心、律のない心は、自分で制御できないのだから、周りがどうこうできるものではない。子どもが、マイナスの方向に行く、その事実こそが、答え合わせになっている。
現代の快適さを求める風潮が、子をだらしない子にしてしまう。ひもじい思いを知らないというのは、実は不幸なことなのかもしれない。本当の空腹というものを知らないというのは、ある意味、本質的なものの欠落した人間なのかもしれない。汚いものから遠ざける、現代の神経質なまでの清潔志向がもたらす病的な現代人の姿が答え合わせなのか。原始人はすべてが自給自足だから常に体を動かすし、いつも腹ペコだ。なんと健康的な生活なのだ。科学を追求して来た現代人のなんと不健康なことよ。寝たきり老人を介護する、そういう景色が原始時代にはありえない。今なら助かる病気で、江戸時代はよく死んだ。それなら江戸時代は不幸なのか。そうとも言えない。現代人は恐ろしい病気、不治の病、難病、多種多様なウィルス、事故と江戸時代には考えられない文明のもたらした病に苦しんでいる。現代の災害は変わらず甚大だ。さて、それでも現代人は文明が進んで幸せになったのか。
中学受験もいい。しかし、子どもを親のエゴに巻き込むだけならやめたほうがいい。子どもにとってこれほど迷惑な話しはない。子どもの考えなどない。親に洗脳されただけ。
親ができるのは、子どもがプラスの方向へ自ら進めるように道を拓けてやることだ。先回りして厄介なことを取り除いてやるということではない。親の関わり過ぎが、子をダメにすることは分かりきったことであるのだから。
現代人は、事実を見ないし、事実を知ろうともしない。作られた偽の事実を信じて行動する。だから騙されるのが多くの現代人の共通の姿だ。政府の嘘を信じる。企業の嘘を信じる。テレビのニュースを鵜呑みにする。テレビのバカコメンテーターの話しを信じる。すべて事実を見ない人たちということで括れます。
これだけくだらない情報が氾濫している時代なんですから、もう情報はいらない。情報から耳を塞ぐ。脳を空腹ならぬ、空の脳にする。空腹が一番の活力を生むように、空脳が脳の活力を生むと思うのです。大手塾で愚にもつかない知識ばかり詰め込むことがどれだけ脳を病ませることになるか。わたしの経験は、子どもに子どもの咀嚼能力を超えた知識を詰め込むことは、土台無理で、そんなことしたら子どもに必ず変調が現れる。反抗、忌避、怠惰、無気力などの症状が現れる。大手進学塾の落ちこぼれ、合格後の登校拒否、無気力などは、空腹の原理を無視した結果です。
親が貧乏なら子どもはひもじい思いをする。しかし、そういう子の中から立派な子が生まれる。裕福な家庭の子はひもじいを知らない。そういう子は、尊大で自己中心的だから逆境で簡単に潰れる。子どもは不足した環境の方が気づかせるということだ。満たされた子は何も気づくことはない。
さて、こうして最大の教育とは、空腹を教えるということになる。なにもかも満たさせるためにやるのではない。竹の会の教育とはほとんど何も与えない。ただ一つことを考える、と言っているだけだ。算数を教える❓いや公式一つ教えたことはない。自ら事実に当たり、事実に直面し、みずから戦え、と檄を飛ばしているだけだ。教えて説明してマスターしたと思っている問題ばかりが増えても、何の力もついていないことは、これまでに証明されてきた、陳腐な事実だ。正解率の低い子が何冊のレジュメ集を終わらせても、虚しいだけだった。たった1冊でも正解率8割の子は確実に力をつけていた。量ではない。質なんだ。
こうして指導とは、子どもに空腹な環境で、唯一の飢餓心を動機づけした指導をすることにある。あれこれ塾に通いながら、つまり満腹感のある子を、指導するのは、指導にならないということだ。石の上にも三年という。境界知能に近い児童は、それくらいの覚悟が必要である。一回教えてマスターする子もいれば、10回、いや指導のたびに定義から思い出させて教えても、一年かかった子もいる。親がそれまでよく我慢したと思うけれど
ヘレン・ケラーではないが、「わかった」ときの喜びは、感動的ではある。この真実の「わかった」を引き出すために、指導してきたのだから。
世の中の親は、自分の子が、境界知能周辺児だということを認めたくないから、事実から目を背ける。しかし、公立小の8割は間違いなく境界知能周辺人だ。
*境界知能(きょうかいちのう)とは、知能指数(IQ)が70以上85未満の範囲にある状態のことです。 [1]
平均的なIQ(100前後)と、知的障害の基準とされるIQ(70未満)の間に位置することから「グレーゾーン」とも呼ばれます。医学的な病気や障害そのものではありません。[1, 2]
いわゆる境界知能児を指導することは不可能です。しかし、その周辺の子は、時間はかかるが、気づきのラインまで引き上げることは可能です。しかし、それは、我慢と辛抱が、親にも子にも求められます。2年経って、3年経って、ですから。
あれこれ情報を求める親はたいてい失敗します。竹の会でそうでした。ネットの情報の8割は嘘です。たとえ専門の情報でも、間違いばかりです。後になって検証もされない、垂れ流しです。彼らは絶対に訂正はしない。頭の中は空がいい。空白がいい。空腹がいい。何もないところで唯一あなたの信じることを実行することだ。大手塾の風聞、評判、案内、ママ友の話し、そんなのみな出鱈目と考えてちょうどいい。他人の話しは、たいてい無責任な話しでしかない。世の中の多くの迷惑な雑音でしかない。そういうものに頭を占拠されて、自分の軸を持たない人間がウヨウヨいることが薄気味悪い。まるでゾンビのようだ。逃げるしかない。誰がどう言った、こう言った、そんな情報だけで、あなたはいったい何を判断しているのですか。
竹の会の子どもたちに、わたしは、何も与えない。何も知らないほうが、頭が空っぽのほうがいいから。わたしの教えることを一つだけ頭の中で膨らませてもらえばそれでいい。何が大切なことなのか、自分の頭で判断できるようになること、その答え合わせは、ずっと先のこと、高校、大学で、竹の会のことを、そういえば、と思い出してもらえればいいのです。答え合わせはできましたか。わたしは、そう問いかけるかもしれない。






