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現代受験論(桜修館に強い塾 都立独自校に強い塾 開成高校合格・筑駒合格・渋幕合格実績 駿台模試全国1位)🟦真理は基本の中にあった‼️

2026.01.23

🟦真理は基本の中にあった‼️

 願わくば、変化、応用、進化、発展、特殊、例外に目を奪われず、ひたすら基本・原則に忠実にあって欲しい。学べるのは、一流と称する人たちではなく、何の変哲もない、ぎこちない、シンプルな物語しか、言ってない人である。喋り過ぎる人、妙に親切な人、いたずらに過激な人、やたら大声を出す人、如何にもな人は、信用しないことだ。学べるのは、まだ理解していなくて失敗する人なんだ。失敗した人の失敗だけ見ていても何も見えてこない。しかし、成功例を見るのは難しい。何が成功の要因なのかわからないからだ。100の成功例から真理を見つけるのは絶望的に難しい。1㎜の破片しかない。ひたすら比べてみるのだ。観察してみるのだ。見えるまで何度も何度も観察してみるのだ。感覚を研ぎ澄ませて観るのだ。一瞬閃くものを、刹那に光るものを、それは儚い、すぐ消える、見逃してはならない。真理は、一瞬しか姿を見せない。時間にして、0.001秒、まさに刹那だ❗️
 夢は目が覚めた途端にたいてい消える。
 一瞬をメモしておくこと‼️
 すぐにメモする。
 わかっていることは、真理は刹那にその正体を見せることだ。0.000001秒かもしれない。だから記憶に留まらない。一瞬で消える。
 まるで懸念のようだ。懸念は、一瞬脳裏を過ぎる。何か重要な契約をするとき、懸念が走る。懸念は、不安の化身のこともある。しかし、懸念に従っていれば、失敗することはなかった、ということが多々ある。杞憂と一蹴できないところに懸念の怖さがある。
 真理は、意識に決して上らない。真理は、一瞬、脳裏を掠めるだけである。
 どうしたら真理に到達するのだろうか。
 算数の難問を、解くとき、高校数学の難問を、解くとき、いつも閃くスタンス、自然体に構える、困ったときは、工夫すればいいさ、気楽に構える。自然体がいちばんいい。気負えばしくじる。
 
 真理はいつも目の前に存在しているのに、目の前に「ある」のに、私たちには、気づかずに、見過ごして行く。
 しかし、これには、一つ厄介な妨害がある。
 ダンベルプレスにおいて、重量のあるダンベルをセットポジションに持っていく方法として、オンザニー(on the knee)という技術がある。たいていの書籍には、載っている。それも写真入りで説明もしている。しかし、それらの説明で何ひとつ理解できたことはない、実際にはできない、ということがわかる。説明は、なるほどというくらい合理的なのに。
 そこで動画を検索してみると、まともそうなのが、10ほど見つかった。しかし、そのどれひとつも実際にやってみると、その通りにやってできるものがない。
 
 わたしは、それでも動画を探した。そして、ようやく2つの動画を見つけた。一つは、体重62kgの若い人が、なんと60kgのダンベルをセットポジションに持っていった、驚異的な動画である。もう一つは、50代の人が、34kgに失敗したもの、である。
 失敗動画は、役にたつ。前者は、これまでと違うことが多々あった。まずこれまでの動画は例外なく、マッチョな人がやるもの、だから技術というより力でこなしている感ありあり。また、口を揃えて、「ゆっくり」とやること、「肘を伸ばすこと」を強調する。
 ところが、62kgの青年は、速い、かつ肘を伸ばすという点もどうも違うような気がする。
 それでわたしは、その動画を本当に、毎日、観察した。
 そして考えた。工夫した。ある日、ふともしかしたらと違う目で見た。既存の説明とは違う、わたしの考えである。
 「膝で蹴り上げる」というのも、よく言われるが、本質的ではない。これだけ筋肉マンたちが、教えてあげようと脳みそを働かせて解説動画を配信しているのにまともなものはほぼゼロである。わたしが目に留めた動画は、別にオンザニーを解説する動画ではない。しかし、体重の軽い人が、まさしく重量をセットポジションに持っていく動画である。わたしは、その動画を凝視し、観察し、何度も試した。しかし、既存の解説を実践すると必ず失敗した。既存の諸子百家の解説が間違っているのだ、とようやく気づきつつあった。マッチョな人の解説は、力があるからできているのだ、とは思ってはいた。
 だれも真理を知ってはいなかった。
 幾度もの失敗を重ねて、工夫して、考えて、考えて、それでも失敗しました。あるとき全く関係ない動画を見て「ハッ」とした。鬼滅の刃壱の型‼️
 マッチョな筋肉マンたちの、脳はやはり筋肉だった❗️そうか、わかった‼️
高校生のとき、セメント製の40キロのバーベルをスナッチで上げことを思い出した。あれか、あれだ、と思った。そうか、わかった。それにしてもマッチョの、みなさん、全く本質がわかっていないですね、ふと、思った、東大生の講師が、生徒がなぜこんな簡単な、あたりまえのことが「わからないか」わからないのと同じだなと。筋肉隆々のマッチョは、できて当然、だからわからない❗️
 わたしがたまたま見つけた、62kgの人が60キロのダンベルをセットポジションに持っていった動画、これだ、わたしは、気づいてしまったのだ。
 いずれ、オンザニーの本として書くことを考えている。だってまともな本が一冊もないなんて、おかしいでしょ。世の中には、平気で、もっともらしい嘘が通用している。資格試験の世界は特に、酷かった。昔言われていたことが十年、二十年経つとあっという間に覆される。嘘が権威で糊塗されて罷り通る。言ってる本人もわかっていない。難関校は、大手塾でないと受からない、というのも、大手とその信仰者たちが作り上げた嘘だ。わたしは、その嘘を駿台模試全国1位を取ることで、暴露した。わたしから見れば、大手塾は、大きな弱点を抱えているとしか見えなかった。同じ授業、同じ講師、同じテキスト、しかもテキストは過去問から作られるという限界、これは、能力順に序列ができるほかないことを示している。かつては大手のテキストのおかげで受かったという信仰が流布されていたが、わたしから見れば大手の生徒に「共通の」テキストが、限界を作っているようにしか見えない。世の中は、真実と乖離した、かけ離れた嘘が、実しやかに、罷り通るということをわたしは身を呈して学んできた。自分の目で見て、耳で聞いて、自分の頭で考える、これが一番大切なのだ。
 人類の80%以上は、生涯を通じてただの一度も自分独自の考えを思いつくことはない‼️(H・L・メンケン)
 テレビで、ネットで、新聞で、様々なことが言われているけれど、その中に、その人独自の考えがどれくらいあるのかということである。大学の先生、経済の専門家と称する人、ジャーナリストが、言ってることだって、どこかの、海外の論文あたりを自分の意見として言っている可能性が強い。本当に自分の、独自の考えなのかは、全く信用できない。
 東大の先生が言っても、いやむしろ一番信用できない。権威に胡座をかくものの言葉が一番信用ならないからである。弁護士は、頭の中で、利害を計算する人種と考えておいたほうがいい。これは医者も同じで、算盤か電卓で思考する。
 有名な予備校の先生の書いた本、これも要注意だ。持論を書いているからだ。持論を持てば持つほど、ものが見えなくなる‼️(ヴィム・ヴェンダース)
 持論とは、思い込み、バイアスで歪んだ考えだ。自分の考えを固定するほど、頭は自由が利かなくなる。わたしたちは、どんなに優れているという本でも、一歩離れて見ることは大切である。国語の参考書を最近は、三十冊前後は読んだけれど、みなそれぞれが持論を展開している。諸子百家状態なのだということがよくわかった。そんな持論必要なの❓
 大切なのは、基本に立ち返って、虚心坦懐に「読む」ことなのかな。方法なんていちいち考えていたら、自然体で読めないでしょ。 
 基本に立ち返るとは、世の中に流布する、権威に名を借りた嘘を信用しないことではないか。まずこれが常識という、眉唾物を信じない、疑うことである。

 

🔷竹の会新作レジュメ「2026 入試数学セレクト」
 本年2月新コース制度移行にともない、新作レジュメの執筆に入ります。数学のレジュメ執筆は、令和5から6年に執筆した慶応女子シリーズ以来です。「2006 入試数学セレクト」として、今夏には完成させたいと思います。並行して、「国語ポイント集」の第1巻の完成を期します。本年は第2巻までは仕上げたいと期しています。

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