2026.01.24
🔷竹の会新作レジュメ「高校入試 数学セレクト」
本年2月新コース制度移行にともない、制作
私立準難関に照準‼️
名著「入試数学ベーシック」の姉妹版
🔶同調社会の子どもたち‼️
思考は次に何が起きるかを予想するためにある‼️
誰かが、ナンプレは、思考にいい、とか言った。未来のことを予想すること、これは言葉があって初めてできることである。「仮に……としたら」、「もし……ならば」、「未知数をxと仮定すれば」、とにかく人間は、言葉を使って未来のことを語れる、予想できる。殺人犯を推理するのも予想である。学者が、実験するのは、仮定、仮説を立ててである。つまり、仮説という未来の物語を創ることで、思考を広げるのだ。思考を広げるとは、物語を創造することだ。「赤毛のアン」の中で、アンが暖炉のそばで、炎を見ながら、うっとりと想像の世界にいる姿が描かれている。想像力の豊かなアンは、学校を首席で卒業した。知能の高い子は、これから起こることを想像することができる。それを可能にするのが言葉である。
不安、恐怖も、言葉が媒介する。意識は、言葉そのものである。言葉は、魔力を持つ。人は、言葉で、洗脳される。大手塾の発信する言葉は、すべて洗脳語だと思っていい。現代人は、判断力を持たない。誰かの言葉で、動くのが現代人である。自分の考えなど持ち合わせていない。誰かの言ったことを自分の考えのようにいう。誰かがやっていれば、安心して真似をするのが、現代人である。自分の考えなんかない。
わたしたちは、未来を予測するから、不安や恐怖がつきまとう。予測が恐怖をもたらすのだ。わたしたちの、というか、人間が、予測、想像するのは、物語である。想像力とは、畢竟物語を想像することである。それは、思考というものが、言葉により、物語を紡ぐことだからである。
仮定するということは、思考すると同義である。知能が高いから先を予測してリスクを回避すべく動くのである。まともな知能があれば近未来の自分の姿を想像できるはずで、その時に希望の学校に嬉々として通っているのか、はたまた区立中で勉強に明け暮れているか、目的の高校に晴れがましくも合格しているか、それは今の自分が未来を予測して行動するところにかかるということを知能があれば悟ることはずである。
人間の知能は未来、いやこれから1秒先のことさえも、仮定してリスクを回避し、リスクの少ない方法、道を取るべく動く。それこそが、人間本来の生存本能の取る行動でもある。
わたしたちは、一寸先は闇❗️の世界に生きています。
※一寸先は闇(いっすんさきはやみ)」とは、ほんの少し先の未来でさえ、何が起こるか、どんな運命が待ち受けているか全く予測できないことを表すことわざです。人生の不確実性や、今順調でも突然不幸や災難に見舞われるかもしれないという、戒めの意味で使われます。
交通事故、飛行機事故、災害、病気などなどで生命の危機にさらされるか、何の保証もありません。将来の自分だって、わからない。それくらいの仮定はできるでしょ。知能、精神年齢が高ければ、未来の自分がどうなっているか、仮定できるでしょ。なぜ勉強するか❓ それはまともな人間なら、知能のある人間なら、考えるリスクヘッジにほかならない。
※リスクヘッジ(Risk Hedge)とは、将来起こりうる危険や損失(リスク)をあらかじめ予測・想定し、そのリスクを回避、または被害を最小限に食い止めるための具体的な対策や備えを行うこと。
ヌクヌクと育った子には、生存への覇気(危機感)がない。親の躾というのは、一寸先は闇の世の中を生き抜くための知恵を教えることである。警戒感、危機感を持つことの大切さを教える。昨今は、勘違いした親ばかりで、子に生きる知恵を教えるのではなく、ただひたすら過保護(甘やかし)である。欲しがる物は何でも買い与え、子どもの周りには、なにも不足なものはないように計らい、親の好みなのか、習い事、稽古事だけは夢中にやらせる。本当に大切なものには見向きもしない。何から何まで困らないように、子どもの先々を配慮する。満ち足りた子には、何かをやるということの必要性がない。その時々の、思いつきで、友だちが持っているから、やっているから、と、いつも他人の動向で行動を決める子になること請け合いである。
もっとも親だって周りの動向に同調して動いているけどね。






