2026.01.27
🟦「こだわる」人は失敗する‼️
こだわりの功罪‼️
こだわりの研究‼️
こだわりのある人とは、偏見に満ちた人。昔の司法試験の受験生によくいた。書店で専門書を選んでいるヤツがいた。平積みの本を一冊一冊調べて、少しでもシワ、汚れがあったら、ボツ、ボツにした本は、粗略にポンと投げる。要するに、自己中心、周りへの配慮などない。こんなのが、司法試験や医師の試験を受けるという話しだ。そんな神経質なヤツ(実は無神経なヤツ)、後から買うことになる他人のことなど考えない、自己中心のカスである。そんなヤツが受かるわけはないと思った。合格する人は、そんなことにこだわらない。基本書はただの情報を載せた紙である。汚れていても情報の価値に変わりはない。手段に潔癖主義、完璧主義を通す人間には合理性の欠片もない。こだわる人間は、些細などうでもいいところまで、つまり細部に囚われて、ものの本質を見失なう。
こだわるから失敗する。ものにこだわらない、少々大雑把なほうがちょうどいい。判断はシンプルなほうがいい。
学問をする者は、ここのところを分別しなければならない。目的は何か。物に価値を求めているわけではない。情報に価値があるのである。紙媒体と情報を一体と捉える人間に、合理性はない。
「こだわり」の主な意味と使われ方
①ポジティブな意味
妥協しない追求心: 品質、技術、味など、特定の分野で「これだけは譲れない」という強い信念を持ち、とことん追求する姿勢。
専門性・プロ意識: 良い意味での「執着」や「信念」を表し、それが製品やサービスへの信頼につながる場合。
②ネガティブな意味
拘泥 気にしないような些細なことまで必要以上に気にして、心がとらわれてしまう状態。
執着 修行の妨げとなるような心持ちを指す場合
言葉の変遷
元々は「気にしなくてもいいことにとらわれる」という否定的な意味合いから、1970年代には、妥協しない姿勢を評価する肯定的な意味で使われるようになった。
こだわりの功罪
学問において、こだわるべきは、別のところにある。得てして、人間というか、凡人というのは、物にこだわりを持ちがちである。いざ勉強するとなると、机、シャーペン、ノートなどいいものを欲しがる。勉強周りの「いいもの」を揃えたがる。勉強は後回しである。これはバカの骨頂だが、大工なら一流の道具、ヴァイオリニストなら最高のヴァイオリン、…など。一流の職人がいい道具にこだわるのは、納得はできるけどね。ただ「弘法筆を選ばず」の格言はありますよね。書の名人・空海(弘法大師)のように、真の技術を持つ人は道具の良し悪しに関わらず優れた成果を出すという意味です。転じて、実力があれば道具や環境のせいにしない、あるいは能力不足を道具のせいにするなという戒めです。 確かに、いい道具には、感動しますが、それにしても、前提は、いい職人、いいピアニストということですよね。まず、中身でしょ。学問を極めること、これが先です。こだわるのは、数学ならまず自分で解くことです。算数なら自分の工夫で解き明かすことです。どこでこだわるかということです。勉強の道具も使い勝手で考えればいい。とにかく重要なことではない。本末転倒をやるのが凡人です。こだわるところを間違えるな❗️勘違いするな❗️ということです。「考える」ことに、「自分で考える」「自分で解く」ことにこだわる、ということです。ゆめゆめ物に惑わされるな❗️という話しです。






