2026.01.27
🟦闘う塾‼️
自分の頭で戦わない限り、待っているのは、地獄しかない。受験学年になって伸び悩む、成績が振るわない、失速するのは、すべて自分の頭で戦ってこなかったからだ。いやもう一つある。勉強量(時間)の絶対的不足である。多くの凡人は、受験学年になって「そろそろ塾に行くか」である。基本的に、受験というものがわかっていない。一朝一夕に準備ができるものではないことはちょっと考えてみれば分かろうというものだ。
小学生というのは、計算から学ばなければならない。これをチマチマとやるのはアホだ。五年生は五年生の計算などというバカなことをいっている親ばかりだ。子どもは教えればいくらでもできるようになる。竹の会の例では、小2で、平均6か月で中学受験難関の計算問題を解けるまでになっている。これを小6まで引っ張るなんてありえない。計算に熟達したら、割合の考え方を教える。割合だけで、2から3年かける。ここで徹底して「闘う」ことを躾ける。適切な問題と戦わせる。割合といっても、かなり広い。要は、割り算を極めるのである。一当たり量の考え方、縮尺、速さ(時間当たりの距離)などあらゆるパターンが含まれる。解法も、面積図の利用、ダイヤグラム、相似などひろがっていく。
子どもの能力、思考力を開発するのは、時間のかかる仕事である。
そういう事情を理解できる親だけが、間違いなのない未来を選択するのだ。思考停止した親子が、大手塾に集まるのは、なんとも子どもを疎外することであろうか。
小学はなにしろイロハのイから始めるから時間がかかるのである。
中学は、小学でそういう過程を経たことを前提として、高校入試の勉強ができる、のである。
高校入試の準備期間は、実質2年しかない。中3の6月には、駿台模試、都立模試が始まる。トップ都立、難関私立、国立狙いの生徒は、それまでに受験準備を一応仕上げておかなければならない。能天気な親だけが、中3になって「そろそろ高校受験の準備を」などという。かつてはそういう親だらけだった。子どもたちは、底辺都立を出て専門学校へ行くパターンが多かった。東京の公立というのは、進学熱が低いのだと感じたものであった。しかし、大手進学塾は、昔から当然早期仕上げ前提にやっていたのである。大手進学塾に通える家庭はそれなりに富裕であり、両親も高学歴であった。大手に行かない中学生は、のんびり家庭と相場は決まっていた。竹の会渋谷教室が都立青山などに送り出してきたのはもちろん早期準備に徹してきたからである。
早期準備は、家庭が理解していなければ無理である。そして子どもが、小学から「闘う」姿勢で力をつけてきたことが大切である。いつも「わからない」、いつも誰かに教えてもらう、答えを見る、そういう生活をしてきた子たちが、中学で、突然闘うステージに乗れるか、は疑問である。それに小学で戦わないのは、IQもある。戦えないから戦わなかった可能性もある。
中学で生き残るのは、「闘う」中学生のみである。小学で、戦っても、まあ、ほとんどは戦わなかった小学生ばかりだけど、大手塾から都立一貫校を受けて落ちた子たちも、区立へ行き大半は、中学では、落ちこぼれの8割にほとんど入ると思います。「闘い」を真に知る子だけが生き残る。トップ5%に入る。入らなければ、トップ校の合格はないのだから。
中学1年前後で、その多くが勉強意欲を失い、没落していくという実態は、もちろんIQの要素が大きいのだろうけれども、闘うということを知らない、怠惰な本性の為す性であることがほとんどである。
受験とは、闘いであり、闘い続けた生徒だけが生き残る仕組みである。闘うとは、もちろん考える、自分の頭で考える、ということである。誤解のなきよう。






