2026.02.21
🟪桜修館は、2年で受かる‼️
竹の会には、桜修館志望の子がやってくることが多い。本来、合格には、少なくとも小4になる前に入会するのが、理想であるが、そうは言っても、合格するには、①IQが100以上あること、②塾最優先の生活をすること、の2点が、絶対要件である。
IQ100の目安は、内申の「よくできる」が9割以上あること。ただし、これはあくまでも目安であって、9割あっても、IQは100ない、という子もいたし、「よくできる」と「もう少し」がある子だと、実は、100どころか、120はあると思われるのに、教師の腐った目では、わからないのか、「もう少し」をつける。IQの高い子の中には、自己表現ができない子もいるのだ。教師は、自己表現できないと、たちまち知恵遅れ扱いにしてしまう。
IQが100なければ、受検、受験など考えないことだ。世の中の親は、自分の子が、IQ100ないのに、というか子どもの能力は誰でも同じと考えているのか、習い事を複数やらせて、その上に、受検のために塾にもやる、かと言って、勉強は、都合で、スキップし、その優先順位は低い。
IQ100ない子が、基礎学力をつけるのは、通常の2倍以上かかる。IQが低い故に、習い事と同時にやれば、さらに何倍もかかる。IQ100以上の子ほど、勉強に専念する傾向が強い。それは、勉強に時間をかけなければとても無理ということが、まさに高いIQ故にわかるからである。IQが低い人は、勉強が時間をかけなければならないということに思い至らない。さらに親も同じ思考レベルだということは、習い事など当たり前のようにやらせることでわかる。つまり、親のIQにして、子のIQということだ。
IQが、90%遺伝によるものという研究報告は、IQには抗えないということを教えている。こうして、IQ100未満の子たちは、勉強に無関心か、親の主導で塾に行くも、当然ながら、成績は低迷し、塾を彷徨い、最後は、破綻して落ち着くところに落ち着く。
適性検査問題というものを解いてみればわかることであるが、問題文、つまり、日本語で書かれた意味が「わからない」という子が、ほとんどである。読み取れないのである。国語力の問題かとも思われるが、単純にそうとも言えない。IQの低い子は、主観的な、かなり偏った読み方をする。言葉、語彙の意義を偏った理解をしていることが多い。文章が何を言っているのか、理解しないままに、当てずっぽうで解くのがこれまでの経験値である。国語力というより、それ以前の知能による。ここを国語力の問題として、だから国語をしっかりやれ、ということにはならない。
IQが低いと何が問題か。
問題文を読むとは、既知の語釈、定義を拠り所として、問題文の意味するところを想像する、ということだ。しかし、IQが足りないと、この思考の基本作用が「ない」のだ。想像する、仮定する、というのは、イメージと言葉を総動員した、思考過程そのものである。言葉があるから、人間は、未来を推測できるのである。言葉がなければ、言葉に表せない不安や恐怖で、未来を察知するしかない。それは言葉を持たない動物と同じである。言葉は、思考そのものである。仮定は、言葉を使ってする、未来の予測である。想像ももちろん言葉で想像するのは、変わらない。仮定と、違うのは、想像には、イメージが伴うことである。
赤毛のアンは、想像の中に、夢を見る子であった。想像は、IQの高さゆえのものと言えよう。
言葉には、人間の脳の性質が、色濃く作用する。脳は、言葉を使った「物語」で、インプットされるようにできている。仮定は、物語で語られ、想像も物語で描かれる。IQの高い人は、質のいい物語にすることができる。算数の問題も、数学の問題も、IQの高い人間には、一つの物語として現れる。だから、つまり、物語だから、理解も吸収も速い。
IQが足りない人間には、物語がない。筋書きがない。意味ある物語が作れない。わからないというのは、物語がない、作れない、ということだ。子どもの「わからない」という悲痛な叫びには、実は、当の子どもにはどうにもならないIQの壁がある。ここで子どもに教えることで解決できると決めつけて、さらなる能力発揮を促し、大手塾のいわれるがままに、授業時間を増やし、オプション講座を追加し、個人指導塾にも通わせるというのは、子どもが燃え尽きるまで追い込むことにほかならず、待っているのは、子どもの破壊しかない。
今の私なら、2年あれば、確実に桜修館に合格させられる。ただし、IQ100以上、塾ファーストの2点があればの話しである。今のわたしには、桜修館の合格のラインが手に取るようにわかる。






