2026.03.03
🟨優しさが悲劇の未来をもたらす‼️
「いつも「分かりやすく」説明してくれる」「あの講師の授業はとても分かり易い」など、今は、大手塾もサービスが向上し(?)、生徒の人気に仕える。授業についていけない生徒には、オプション講座も用意されている。そういう子たちの親は、さらにそのための補習塾や個別指導塾に通わせたり、家庭教師という選択もある。さて、至れり尽せりの優しさである。
いわゆるIQの足りない子に下駄を履かせるわけである。わからないといつでも優しく教えてくれる。しかし、この優しさは、近い未来のあなたたちを結局破滅に追いやることになる。
本番の日、あなたたちは、試験問題を見て、これまで優しく教えられた中に同じ局面はないかと必死に思い出そうとするであろう。だって自分で考えて解いたことがない、あなたたちには、問題の類似性をたよりに過去に解いたことのある問題を思い出すしか、方法がないのであるから。ここで一つの悲劇が始まる。思い出そうとするあまり、問題を丁寧に読み、与えられた問題の設定を理解することも忘れて、つまり、何が求められているかをスキップして、自分で勝手に勘違いして、記憶だけをたよりに解こうともがく。記憶したことを思い出すという働きをしている間は、思考は働かない。つまり、もっとも思考しなければならないところで、思考そのものがないのだ。
現実は、赤裸々な能力だけが試される。優しさで麻痺した思考は糞の役にも立たない。貧困な記憶を辿るだけで何ができるというのだ。試験の冷徹な厳しさを普段から突きつけられてこそ強かな精神が育まれるのだ。試験は、できたかできないか、それだけだ。できた者が受かる。至極単純な仕組みだ。普段から「戦う」、できなければ「戦略を練る、立てる」、常に、自分のできることがどこまでか、突き詰める、そういうことを積み重ねてきてこそ戦える力と精神が培われるのだ。
教えてもらって解いた100問と、自ら解いた10問、どちらが価値があるか。どちらが勝者となるか、よく考えてほしい。どちらがより成長するのか、よく考えてほしい。






