2026.03.20
🟨数学は、発見である‼️
数学の天才❗️
算数は工夫である❗️ 数学は発見である‼️
わたしは、もともと数学が一番思いれがある。自分が、大学受験のとき、数学が苦手で、苦労したからです。国立大学は、数学で、合否が決まります。数学で失敗しただけで、もう落ちた、と言っていい。わたしは、浪人して、独学で数学を克服しました。わたしの数学の克服は、参考書だけです。最初は、旺文社の「数学解法事典」をやろうとしました。しかし、これはクレージーな試みでした。それから街の本屋で出会った研数書院の「技法 数学IIB」、これを数回読み込み、最後に、Z会の通販で買った「数I数学IIB」という200ページほどの問題&解答集。これは20回は回した。赤、青鉛筆を使い、集中して読み込んだ。数学は、「大学への数学」の別冊、チャート式などいろいろ買ったが、結局、きちんとやったのは、上の2冊だけだった。数学の力はこれだけでついた。旧帝大は、数学が勝負だ。わたしは、結局本番で9割取れた。旧帝大の英語は、長文読解と英作文のみ。私立のように細々とした文法問題は出ないから、その意味でやりやすかった。最終的にわたしがやったのは、原仙作の「英文標準問題精講」と赤尾好夫の「豆単」のみだった。前者は50回は回した。豆単の単語は覚えきった。この2つは、今は、もう古いが、当時は、人気の参考書だった。
数学では、マニアックな雑誌「大学への数学」がある。東京出版から出ている。この雑誌の別冊シリーズには、いいものがある。わたしも手にしたことはあるが、難し過ぎてダメだった。こんな難しいのをやらなくても旧帝大は受かる。というか、わたしが、独学で学んだことは、基本原理、定義のところを正確に理解する(覚える)こと、そこから問題を解くときは、常に、定義、基本原理に戻って考える、ということだった。難しい問題が解けるようになることではない。基本から見えてくる問題を良問とした。基本とは関係のない、特殊な理論を使う問題は、悪問とした。
質のいい問題だけ、解ければいい、そう考えた。
わたしは、数学で苦労した。竹の会の数学は、わたしの数学克服の過程がそのまま指導に再現されている。何回も解き直しするというのは、わたしの受験の体験そのものである。
竹の会のレジュメのコンセプト❗️
これもわたしの高校から学んだものである。わたしの高校は、県立ながら、県下の御三家と言われた進学校であった。進学校の授業は、大量のプリントの配布に特徴がある。毎日、授業では、プリントが配られる。宿題である。まだ習ってもいないことばかり。不思議だったのは、級友たちが、みなやりあげてくることだった。正直わからない問題ばかりなのに。
このプリントだけで、大学入試の準備は終わるほどの量と質であった。
ともすれば教科書が軽視された。高校では、教科書なんかやらない。家で勝手にやれ、ということだろう。高校は、習うところではない。自分で勉強するところ、である。
わたしは、あの頃のプリントを思い出したのだ。このプリントをやれば、それだけで受かる。そうか、わたしは、竹の会オリジナルのプリントを構想した。過去問から質のいいものを選ぶ。選び方は、まず解いてみる。その上で、教訓のある問題を採用する。レジュメでは、問題編とその解説編に分け、解説編にこそわたしの、思う限りの粋を尽くしたいと、あらゆる意匠を凝らした。図には特にこだわり、パソコンソフトを駆使して、制作した。解説は、簡明な解答、勘所を突いた解説、できる限り一目瞭然、をこころがけた。最近、子どもたちの質問のたびに、改めて解くのだが、いつも昔解いた解き方と違う、しかも今の方がずっとスマートな解答を見つける。どうもわたしも進化したのか。いや日々進歩しているのか。いつも解き方が変わる。嬉しいのは、子どもたちが、喜ぶことかな。子どもたちが、目を輝かせる、感動する、そういうのが、わたしの心をくすぐる。
さて、わたしは、1889年に出した「数学神髄」というテキストのはしがきで、既に「発見の視角」というサブタイトルをつけ、数学という科目が、「ある何かの発見でたちまち解決する」ことを書いていた。今、やがて中3になる子たちが、数学のレジュメに取り組んでいますが、「わからない」問題ばかりで、悪戦苦闘しているようです。「わかりません」と持ってくる回数も多い。その度に、わたしは、改めて解くのですが、いつも新発見をして、新解答を見つける。「数学は発見だ‼️」と言ったのは、ずいぶん昔のこと。最近「数学神髄」を見つけ、改めて、当時の私の文を読み返し、感心しています。そして改めて、その時に既に「数学は発見」と言っていた、自分に驚いています。子どもたちには、この発見の極意を掴んで欲しい、と願っています。何かが見つかればたちまち解ける❗️その心に到達して欲しい。そういえば、算数だって、発見みたいなものです。数学と算数は、違うと、声高らかに、言う専門家がほとんどですが、実は、変わらない。形式的、表面的なことではなく、思考レベルの問題です。算数だって、工夫しなければ解けない。その工夫を「発見」するのが算数なんです。だから、算数も数学と変わらない発見の科目なんです。
竹の会の算数は、数学と完全にリンクしている。そう、思考基準では。どちらも発見の科目という点ではリンクしている。中学になって数学が伸びる子はこのリンクがうまく行っている、ということです。工夫してできるだけのIQがある子に限りますけどね。






