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現代受験論(桜修館に強い塾 都立独自校に強い塾 開成高校合格・筑駒合格・渋幕合格実績 駿台模試全国第1位)🟩竹の会の高校入試・中学受検  なぜ合格するのか❗️

2026.04.19

🟩竹の会の高校入試・中学受検
 なぜ合格するのか❗️

 結論から言えば、受験を知りぬいたわたしの「打つ手」にある。何が必要か、何が足りないか、その都度、判断し、手を打って行く、これがわたしのスタイルだ。「手を打つ」は、広義では、もちろん試験日を見据えて、長期的な「手を打つ」ことを意味するが、狭義には、具体的な障碍を掘り出し、対策を取って(乗り越えて)行く、ことである。
 都立中高一貫校は、基本学力の土台の上に、思考をする主体を作り上げることこそが、対策である。大手塾のように、知識を詰め込む、問題集を解かせる、だけでは、IQの高い者だけが、濾しとられるだけだろうし、それで思考がどこまで成長するのか、消極的な展望しかもてない。よく耳にするのは、大手に通う子が、テキストの「割合」という項目、そこには、2〜4ページほどしか扱われていないのだが、を終わらせて、割合は習ったことになっている、ことである。わたしの経験では、公立小の子というのは、一般的に知的レベルはそれほど高くない。だから学校の授業で、割合をマスターしている子はほとんどいない。塾がこの程度ならほとんどの子は、割合を理解しているとは考えられない。実際、大手からたまたま来た子のほぼ全員が、割合は理解してはいなかった。だから、エナなどの大手に通うほとんどの子は、敵にはならない。敵になるのは、IQの高い子と、サピックス、早稲アカなどの私立難関受験の子たちのみである。
 さて、こういう子達を相手にするとして、当然IQの問題は避けて通れない。IQがわたしの基準をクリアしたなら、できるだけ早く準備を始めることである。なぜなら、思考育成には時間がかかるからである。小学の基本学力をつけて、その上で、割合概念を通して、思考訓練を積み重ねていかなければならないからである。
 理想は、小2が、もっとも成功する可能性が高い。
 高校入試は、小学において、上記の基礎学力及び思考育成が完成していることを前提に、小6の2月指導開始を至当とする。これで、前倒し、早期の準備体制を確立できる。令和4年の開成、筑駒合格者はまさにこの課程の成功者であった。
 この課程を経た者の、高校受験の成功率は、99%である。
 竹の会で、中2の壁(中弛みによる破綻)で潰れるのは、IQ的限界、小学期の訓練なしの場合に限られる。高校入試には、小学期の基礎学力訓練が決定的な分岐点となる。大手塾出身者の基礎学力の無さは、呆れるばかりである。
 都立中高一貫校受検、高校受験の成否は、IQの前提が満たされれば、小学期の基礎訓練及び主体的思考の確立が、決定的である。この過程を省くから、失敗するのだ。受験の成功は、日本の貧困構造における、貧困の連鎖を断ち切る意味がある。貧富の二極化構造化した、日本の社会は、教育にカネをかけられる家庭が、富裕層となる構造になっている。 
 教育にカネをかけられない家庭における塾の選択は、学費が高いか安いか、だけで決められることが多い。そういう家庭は、季節講習も節約する。また、そういう家庭ほど、塾の価値をカネで算段し、休めば「損した」、「振替」という反応をする。教育というものが、長期的な収穫の性質を持つことを理解できないのだ。1回休めば「損した」と思う。この発想だと、講習もコース選択で、節約するだろう。「もったいない」という発想から抜けられない。これは、もともと経済的弱者の発想である。金持ちの発想とは根本的に違う。教育が、貧困から脱出の契機となること、教育投資は節約思考では必ず失敗すること、を知っているかである。だから節約家庭には経済的限界から来る失敗の可能性がつきまとう。
 竹の会は、個人塾ながら、経験40年余の入試のプロである。
 竹の会を価格だけで、他塾と比較して、どうのこうのと言う人たちがいるけれど、こういう人たちは、例えば、物を買うとき、他の商品と比較するとしても、値段だけで良し悪しを決めるわけではない、ことに思い至らないのであろう。物を買うときは商品の品質を見るであろう。塾も同じことだ。指導の質、レベルの質を無視して、価格だけでどうのこうの言う人たちの頭を疑う。竹の会は、40年の経験に裏打ちされた指導と時間とカネをかけて開発したレジュメを提供しているのだ。これを大勢を相手に、大勢対応のテキストを使い、多くは、学生のアルバイト講師が、カネを稼ぐために(教育は二時的)、授業する形式とカネだけで比較する、不合理に気づかないのはおかしいということだ。この人たちは、教育は、均一でどこでも同じと決めてかかっている頭の荒さである。竹の会は、質と実績で勝負している。竹の会の指導を一度でも受けて見ればわかることである。小2を例にすれば、6か月前後で、中学入試難関クラスの計算をマスターし、割合を題材に、思考訓練が始まる。割合の指導には、2年はかける。たいていの親は、自分の子の成績ないしは理解度が、右肩上がりで伸びていくのに、驚く。グラフでイメージすれば、まさに右上がりに急カーブを描くかのようである。これは、竹の会では、いつものことであり、入って実際に指導を受けて初めて知る驚きである。
 竹の会の指導は、大手のように、小石川対策とか、土曜特訓とか、まるで新興宗教の壺販売のようにご利益を謳う勧誘はない。黙々と地味なレジュメ指導を毎日ルーティンのように繰り返すだけである。何か特別のことをしたから受かる、そんなことを信じる人がいるから大手も特別のネーミングをして売り込むのだろうし、簡単にそれに引っかかるのだろう。特別なんてないし、普通のことをやっても受かる子は受かる。大手の特別な企画は、手を替え品を替えの商売なのであり、これに引っかかってカネを貢ぐのは、概ねIQで負けている、劣等感に引き摺られた子たちであり、その親なのであろう。繰り返すが、大手というのは、もともとIQの高い子たちを集めて、当然の結果を大々的に喧伝することによって、IQでは戦えない、多数の凡人を集めて、稼ぐ商売である。竹の会を内容(商品)の品質を問題にしないで、価格だけで、高い、安いと判断する人たちにはとてもついていけない。問題は、内容でしょ。内容が良ければそれに見合った費用は出してもいい、そういうことでしょ。なのに、大手だと、内容は構わず、特別講座も申し込まなければ落ちる、という心理的脅迫に駆られて、次から次に高額講座を申し込む。安いのは見かけだけで、大手は、さまざまなオプション講座を用意して、これに申し込まなければ、と差別化する。気がつけばかなりの額を払っていた、ということになる。そういう濁った目で、竹の会を同じ土俵に乗せないで欲しい。
 竹の会は、条件さえ整えば確実に合格させて来たのであり、高い指導水準と精緻なレジュメの制作には時間とカネをかけており、そこから費用を算定している。30年以上同じ費用を通して来た。テキスト代も施設費、冷暖房費も取らない。決して高い費用とは思わない。費用だけ見て安いからと塾を決める人は、提供されるサービスをどこでも同じと考えているのだろうか。半年、一年経って、結果は自明のはずだが、大手に行く子たちの実態は、友達、つまり、仲間とワイワイやることが楽しいから塾に行く、というのが、意外と多く、成績は二の次、それを親も子どもが嫌がらないならそれでいいかの程度である。当然中3になって、ろくな高校には行かないけれど、親もどうと言うこともない。さて、いったいなんで塾に行ったのだろうか。そもそもの出発点さえも忘れて、高校入試を終える。行く先は、低偏差値私立ということである。

 私立無償化で、私立でもかまわない❓ 注 ここから講談社の記事を引用
 そうでもあるまい。『無償化』といっても、多くの場合は一旦学校に授業料を支払い、後から還付される仕組みだ。自治体や学校によるが、は還付が年度末の3月になることもある。つまり、当面は数十万円単位の『持ち出し』が発生する。さらに、無償化の対象はあくまで『授業料』のみである。制服代や施設費、課外活動費などは自己負担であり、特に私立校ではその金額が大きくなる傾向にある。入学前の出費もかさむ。制服代で10万円以上。定期代、指定のローファー、鞄、さらにはタブレット端末代など、入学金と合わせて初期費用だけで60万円以上が飛ぶ。

 私立の落とし穴!!

 入学早々に別の問題が現れる。級友は、裕福な家庭の子が多く、週末にはみんなでディズニーに行くなど尽きない。「そんなお金どこにあるのよ! 」と思わず声を荒らげてしまった母親の話が載っていた。友人たちは月1万円以上のおこずかいをもらい、パークチケット代も親が出すのが当たり前だなのに、自分の子にはせいぜいおこずかいは月5,000円が限界である。
 私立無償化が、本当にいいのか?

 私立に通う家庭は裕福な家庭が多く、もともと都立しか行けない子が、そういう私立にいけば、惨めな気持ちになる場面がたびたびあるはずである。これが都立なら、そういう問題もほとんどないのに。海外留学などは、私立では当たり前。自分だけは行かない、という境遇を耐えられるのか。
 やはり、しっかり勉強して、まともな都立に行く方が余程いい。安いからと大手を選ぶことはいろいろな意味で誤った選択となろう。
 また、多くの中学生が、行くことになる、単願推薦による低偏差値私立にしても、学力が低い分、ガラの良くない連中が集まるであろうから、朱に交われば赤くなるの如しで、付き合う相手や環境によって、感化されること請け合いである。

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