2026.04.25
🟪テキスト・授業形式の塾‼️ 普通の生徒は無駄に終わる可能性大❗️
能力が均一な生徒なら、均一のテキスト・授業も合理的に見える。しかし、現実は、生徒のIQはバラバラであり、均一のテキスト、均一の授業には、無理、不合理がある。授業というのは、もともとそういう欠陥を内在するものである。公立小・中のように、ピンからキリまでの生徒を混合で授業することはもともと無理なことをやっているわけです。IQの高い者は退屈し、IQの低い者は落ちこぼれる。これが公立小中です。
サピックスや日能研などは、能力別のクラス編成をして、均一化を図っていますが、これはこれで問題があります。集団授業で、能力別をやれば、結局IQの高い者順に、序列が決まるからです。それが証拠に、一度塾内の順位(つまり席)が決まると、小4入塾なら、3年間、席はほぼそのままのはずです。多少微動するのは、途中からIQの高い者が入塾したとか、脱落・棄権した者が出たときぐらいでしょ。同じテキストを使って同じ講師が授業するのですから当たり前のことです。
こういう塾に、普通の子が行けばどうなるか、わかり切ったことです。進学塾だと、必然的に、このテキストを使えば難関、準難関には受かるというレベルを維持しなければならない。つまり、IQの高い者に合わせなければ、合格実績は作れないから、そういう流れになる。テキストに、基本、発展、難問などと章立てして、普通の子は、基本まではできる、という配慮はしている。しかし、基本では、受からないのはだれでもわかる。だから普通の子の親は、別に個別指導塾や家庭教師を探す。ところが、現実は、IQの高い者も、そういうことをやるから、話しは、ややこしい。
要は、普通の子は、受験のために、塾に行くだけ無駄ということです。
それどころか、大手の能力主義では、それなりのIQのある子でも、まず潰される、こと請け合いです。詰まるところ、大手というのは、飛び抜けてIQの高い者のための塾ということです。もちろん富裕でなければ受験は無理ですから、それは当然の前提としての話しです。
ほとんどの普通人には、テキスト、授業形式の塾は、無駄です。それなら、個別指導塾ならいいのか、というと必ずしもそうとは言えない。IQが普通の子は、個人的に、教えると、必ず、自分で考えなくなる。最近、AIの利用が進み、大学生の理解力が低下していることが、大学教授側から指摘されているが、わからないと、簡単に教えてくれるシステムは、確実に能力の低下を結果することになる。
そんなことは、わたしには、竹の会を始めたときから、百も承知の話しだった。だから、わたしは、もっとも効果的な、塾の在り方、指導の在り方を追究して来たのだ。どうすれば子どもたちが、とにかくも自分で「考える」というスタンスを取れるようになるのか、試行錯誤を重ね、実際に子どもたちの指導を通して学び、いい形を探し求めて来たのだ。
学びとは、一つの問題から、何かを得ることだ。考える、つまり、工夫して解決の糸口を創造する、なんとか解決したときはもちろん、やっぱりわからないというときも、砂漠のオアシスのような、たちまち吸い取るほど美味しいレジュメを用意して、子どもたちの知的な飢えを満たす、それが学びなのだと思う。竹の会のレジュメ指導には深い歴史と意味が込められている。
東京には、竹の会のような塾は一つも「ない」ことはわかっている、竹の会は、40年の歳月をかけて、進化し、ある一点に収斂して来たと思う。究極の指導を求めて。今の、竹の会は、竹の会史上最高レベルの指導域に達している、ことは確かだと思う。






