2026.05.07
🟪ある日、突然奇跡が起きる‼️
「この子はだめかな❗️」「できないな❗️」
そんな子が、ある日突然覚醒する。これはわたしには予想外のこと。竹の会には、そういう子がよくいる。そういう子たちの、共通点というものを考えてみた。
明るく、ワァワァやっている。そういうことはあるのかな。とにかく竹の会が好きなのか、休まない。指示されたことにも、なかなか解けないが、取り組んでいる。低学年からいるので、最初は、できないから、わたしの心は曇りがち。
こうした子たちの共通点は、基本習得までの時間が恐ろしく長いこと、しかし、嫌にならずに楽しそうに、しかも遠くから通って来ること、親がいろいろ口出して来ないこと、任せきりというのがいいですね。基本的には、真面目な子だと思うのです。
特に、顕著なのは、季節講習なんか絶対に休まないですね。しかも、なるべく時間の長い方を選択する、そして絶対に休まないですね。こういう子がある日突然奇跡を起こす、そう思います。急に、覚醒する。そう言った方がピッタリ来ますね。
ダメだと思ってた子が、そのままダメなままに終わる、というのは、都合今述べたことの逆すね。何かとよく休む。まともに勉強やってないですね。親が何かと注文(クレームですね)してくる家庭というのは、合格した例がないですね。クレームは、結局受検勉強を捻じ曲げて仕舞う。クレームが多いほど合格からは遠のく。結局心からは指導者を信用してないのですね。自分の不安を「このままの指導でいいのか」とぶっつけてくる。その度に、わたしの指導、構想は壊される。こういうことの繰り返しをしていれば、いい方向に行くはずがないのです。合格する子の親というのは、一切口出ししませんね。あの開成高校に合格した子の親御さんも、小4から中3まで一度たりとも何かを言って来たことはない。わたしの思うようにやらせてくれました。
そもそも注文、クレームというのは、全幅の信頼を置いていないことの現れです。任せるというのは、信頼する、ということです。ところが、事あるごとに、その日の指導が「おかしい」と文句を言って来る親がいるのです。子どもが親に訴えるのであろう。毎日が不満なら指導はできまい。それから、習い事、稽古事で、身動きできないのか、竹の会の日程に文句を言って来る親もいる。竹の会では、時間をコマ売りしてるわけではない。だから振り替えはしない。これは入会の時に説明、確認している。コマの損得というのは意味がない。長いスパンで思考力をつけるという趣旨からは気長に長く通ってもらたい、という主旨である。しかし、必ず振り替えを打診してくる親がいる。振り替えを取らなければならない日程そのものにクレームを言う。塾というのは、個々人の習い事に合わせて、日程を組むことは不可能です。この曜日だけ、しか空いていないのなら、最初から塾は無理ということです。
親が何かと口出しすれば、奇跡もないですね。
奇跡というのは、ある日突然なんですね。「えっ、これ解けたの」とわたしを驚かせる。それまでに2年はかかってます。その2年って、どんなものなのか。ずっと「できない」、そんな印象が強い。だからとにかく基礎のレジュメなんか手を替え品を替えやる、同じレジュメ集も何十回もやらせる。なかなか本体のレジュメ指導に入れない。でも、塾は嫌がらない。楽しくやってる。熱を出したとき以外は休んだことがない。季節講習も目一杯出る。そうして2年の歳月が流れてた。ある日、レジュメ集の問題を解いて出す。「合ってる」、驚きながら次へと進ませる。どうもこのところ正解率が上がって来たようだ。わたしの説明も、以前は、キョトンとしていたが、どうやら聞き耳を立てている。「すごい、わかりやすい」と感動する。コレって以前にはなかった反応だよね。子どもってわからないですね。「この子の頭じゃ、理解は無理か」と踏んでいたのに、「えっ、これわかるの」とわたしを驚かせる。やっぱり決めつけられない。やって見なければわからない。改めて思う。いつも思う。しかし、一年も経たないのに短気に「この塾はダメだ」と転塾していく。竹の会でダメならどこ行ってもダメだと思うけどね。
それよりも能力が花咲くのは、二年草かな。二年経って花咲くのかな。能力がないと思われてる子も二年草の可能性だってある。「待てば海路の日和あり」かな。
竹の会を辞めた子というのは、竹の会はダメだと判断して、いろいろ新しい塾を探して行くようだけど、結局は失敗している、と思います。問題の本質は、塾がダメだと言うところにあるわけではないからです。
IQの高い子ならすぐ開花する。しかし、IQがないのではなく、眠っている子の場合もある。こういう子は開花までに時間がかかる。二年草、三年草かも知れない。そういう子なら待つしかない。もちろん最初からIQに問題ありという子もいる。開花の見込みなしなのは、わかる。
竹の会でうまくいなければ、他所でうまく行くことはまずない。それは、竹の会の指導技術が、長年の、ありとあらゆる不具合を経験して形成されて来た、究極の指導だからです。他塾のはるかに上にあるということだ。それがわかるのは、当の親である。他所に行ってみて、何か月か経って、初めてわかることなのである。どこに行ってもできない者はできないということです。塾のせいにするのは、親のエゴです。
竹の会の指導の、深いところは、一朝一夕には、わからない。半年や一年いて、竹の会はダメだ、と決めつける親は、実は何もわかっていない。形式、表面、見かけだけ見て、判断しているわけですね。その凄さがわかる人は少ない。その凄さを知るのは、まさに受験学年、直前指導の時であろう。受験学年の指導を知らない人にはたとえ一時期竹の会にいたとしても、竹の会のことは何もわかっていない。それは、竹の会が受験のプロだということです。普段の指導は、すべて受験のための準備です。準備ほど退屈なものはないかもしれない。受験学年になって見なければ効能がわからないからです。わたしは、中学生なら、中2までに準備を終わらせろ❗️と言ってきました。しかし、竹の会の中でも、これを聞き流す親もいる。早くから準備をしなければとても間に合わない、と訴えても。これをスルーした結果はどうなるか。進捗の差が歴然だ。しかもこの差は簡単には埋まらない。時間にして半年、いや一年の開きかもしれない。
中3になって、成績が伸びない、という訴えは、もし、中2までに(受験)準備を怠っていたのなら、しかたないことで、それは予め事あるごとに警告してきたことです。






