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現代受験論(桜修館に強い塾 都立独自校に強い塾 開成高校合格・筑駒合格・渋幕合格実績 駿台模試全国第1位)🟪「身を忘れてこそ道は成るなり」‼️

2026.05.08

🟪「身を忘れてこそ道は成るなり」‼️
 ※仏教、特に禅の精神において、修行や真理の探求において己の自我や執着を捨てることの重要性を説いた言葉です。道元禅師の『正法眼蔵』にある「仏道をならふというは、自己をならふなり。自己をならふというは、自己をわするるなり」という教えにも通じており、以下のような意味が込められています。
[1]自我(身)を捨てる:

 自分の都合、誇り、欲、執着を捨て去るとき道は成る。 執着から解放されたとき、初めて真理(道)に到達し、すべてと調和する。
[2]現代においても、何かに没頭することが、高い成果が得られるという普遍的な教訓として受け継がれています。

良寛はこの言葉を、「自分の立場や体面、執着をかなぐり捨ててこそ、真の道(仏道や書道、あるいは人間としての正道)が開ける」という信念としていたと言われています。「身を忘れる」は、書や詩の極意とされ、 芸術の面でも、テクニックや「うまく見せよう」という自意識(身)を捨てた先に、真の美しさが宿ると説いています。

🟢没頭の由来
「没頭」という言葉は、文字通り「頭(こうべ)を没(しず)める」という漢字の組み合わせから成り立っています。
「没」の意味は、沈む、隠れる、見えなくなる。
「頭」の意味は、あたま。
[1]ここから、「頭までどっぷりと水の中に沈み込む」様子を、心の状態に例えるようになりました。あたかも深い水の中に潜り込んで周りが見えなくなるように、その事柄の中に自分の意識を完全に沈み込ませ、周囲の状況が全く気にならなくなる状態を表しています。

さて、前フリが長くなりましたが、勉強ができるようになるには、己を忘れることがまず必須の前提です。これは実は大切なことで、よく小学生に多いのですが、自尊心に左右されて、本体である勉強を空洞にしてしまうことです。自尊心は、勉強には不要、害悪である。余計な雑念として集中を妨げます。自尊心が高すぎる子にありがちな、まず答えありき、思考よりも正解、そこから、正解を得るためなら、自分よりも、他者の答えを求めるようになる、そういう危険なものです。つまり、自尊心というのは、時として、身を滅ばす。
 没頭とは、頭を水の中に浸けるが如し。水に頭を浸けると、周りは見えない。水は、ここでは、数学なり、算数なりである。その中にどっぷり意識が浸かり、周りが気にならない、消える。対象に潜り込み、意識を消す、これである、これが、我を忘れる、の意味である。我が活きていると、我欲がムクムクと湧き起こる。我欲は、理性を飛ばし、正常な判断を駆逐する。我欲が判断するのだ。我欲が己を支配する。難関校に受かりたい❗️そういう我欲が起こればたちまち我欲が判断を支配する。第一巻の終わりとなる。水に頭を浸けるのは、我欲を沈めるためである。問題文の中に頭、つまり意識を沈めるのだ❗️
 自尊心を捨てろ‼️しかし、我欲を捨てろとは言わない、忘れろ‼️
 自尊心なんてクソだ。小学生、中学生で、IQは伴わないのに、高い自尊心だけが支配して、できないのにできたことにする、わからないのにわかったことにする子を多く見て来た。できないと周りから見られるのが恥ずかしい❓プライドを傷つける❓そんな安っぽいプライドを纏ってそれこそが恥ずかしい。できない自分を曝け出す、赤裸々な自分を磨く、という覚悟が必要だ。
恥ずかしいは、覚悟がない。覚悟がないから、ごまかしの勉強になる。できないことを親も子も認めて、素直にしたがう、これが一番だ。

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