2025.11.17
🟩人間は、メタファーで理解する‼️
メタファーとは、抽象的な物事をより具体的で理解しやすい他の物事に「見立てる」ことを指す。 例えば、「愛」は抽象的な概念だが、「炎」などの具体的なものに見立てることで、「心に(愛の)火がつく」などの表現が可能となる。
人間はまず反応する。つまり、感覚で受け止める。それから考える。それから言語化する。
抽象的なものの理解は、感覚的な人間には、つまり、具体的なものにしか反応しない人間には、そのまま理解することは、難しく、人間はメタファーで理解する。メタファーは、理解をするには、誠にいい方法ではあるが、元々の置き換えた目的がなんであったのか、忘れられて、的外れの説明になることが多々ある。
うまいメタファーは、これほどわかりやすいものはない。メタファーの怖いのは、的外れなメタファーである。本来の目的は消えて、メタファーのみが強調されることはよくあることである。新興宗教の聖典とされるものには、共通して奇跡が描かれるものだが、荒唐無稽な比喩がこれでもかと使われる。なんかちょっと違うんじゃね、突飛過ぎて、これ読んで感動するのは、どんな庶民なのかと思ってしまう。素朴科学の世界に住む人たちなのかな。
数学の本で比喩はあまり見ないかな。物理はよくある。化学は原子のところなんかではある。生物は元々具体的だからないかな。要するに、メタファーが必要なのは、抽象的なものだから。運動系はメタファーだらけかな。野球にしてもゴルフにしてもそのスイングはいろいろなものに喩えられる。野球はともかくゴルフは詳しくないのでわからないが、よく比喩を使って説明している画面なんかは見る。スポーツでは、イメージトレーニングとかよく言われるけど、どうイメージするかは、それぞれのメタファーを考えているのがわかる。
学問で言えば、抽象的な用語は、もちろん意義、定義みたいなものがあるので、それを理解するわけですが、その理解が容易ではないのが通常です。国語なんかは読んでいても何について何を述べているのか判然としないこともあります。書いているのが一流の学者となるとわからないのは自分のせいだと考えるのが普通ですが、実は、書いている本人の言語化がズレているということのがほうが多いように思います。いずれにしても難解な文章は、メタファーを駆使して理解するしかないようです。要するに、この人は何を言っているのか、言いたいのか、なんですね。
筋トレのダンベル操作の一つにon the kneeというのがあります。筋トレの本には必ず写真とか図入りで説明があります。またYouTubeにはいろんな人が実演した動画を流しています。まず動きがない本の説明は役に立ちません。動画は百聞は一見に如かずさながらですが、実は一見してもわからない。再現性が難しいのです。動画の中の説明もまたわからない。実体というか、本質というか、そういうものを言語化しきれてないのです。興味深いのは、筋肉隆々のベテランの説明動画よりも、50代で始めて42kg上げてるとかいう素人ぽい人の動画の方が本質をついていることなんです。言葉による説明、注意というのが、要点はついているのだとは思うけど、再現性が難しいんですね。それで、結局、一番いいのは、良く自分で見て、それも何度も何度も見て、観察することだとわかったんです。観察して考える。そうしたらメタファーが閃く。イメージトレーニングというのは、メタファーをイメージしてトレーニングするということですよね。最後に、わたしが、閃いたのは、わたしは柔道やってましたから巴投げみたいなものか、と考えたのです。しかし、巴投げでは、やはり勘所が捉えきれていない。それでまた閃いた。それは、四角い箱が回転するイメージです。わたしが観察で気づいたのは、箱が回転を、始めて地面と75度くらいのときに、腕がダンベルを支えに入っているということです。つまり、最初に寝転がってはそのタイミングを逸することなんです。あと「肩を入れる」イメージがとても大事なように思います。
さて、こうして、勉強というのが、対象を観察すること、これはもう兎に角観察勝負です。何度見ても観察に失敗している、だから何度も観察し直す、それが勉強なんです。それで観察の結果、理解できる。理解のためにメタファーを使うことはもちろんある。
成績が伸びない人というのは、まず観察してないですね。教科書もまともに読んでいない。いきなり覚えようとする。いや待てよ❗️まず観察しなきゃ、ダメでしょ。勉強は観察に始まり観察で終わる。そこからメタファーも閃く。メタファーはもちろん理解の、最高の手段だ。






