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中学受験 高校受験 受験相談 渋谷で創立40年

現代受験論(桜修館に強い塾 都立独自校に強い塾 開成高校合格・筑駒合格・渋幕合格実績 駿台模試全国第1位)🟨大概のことは知恵と工夫でなんとかなる‼️

2026.04.26

🟨大概のことは知恵と工夫でなんとかなる‼️

 子どもたちに、何を教育するのか❓
 公立中高一貫校制度のスタートが竹の会の算数の取り組みの契機❗️
  それまで中学受験の算数の軽視 
   竹の会は、中学受験生の受け入れをしたのは、平成2年のこと、一人の小5だった。週2で、2時間。当初から、図で解く解き方を指導した。図で解くのは、思考そのものだった。実際に、獨協中学を受験するとなって、わたしは、図を使って解くことを基本としながら、試しに、方程式を教えてみた。中1のクラスに入れて、正負の数から学ばせて見たのだ。そうしたら、たちまち頭角を表し、なんと中学生よりできるようになった。彼は、冬に中手の塾に行かせてみた。私立の子で、塾というものを知らない。竹の会を通常に塾と勘違いされても困る。そもそも競争相手がいない環境を恐れた。そうしたら、そこの実力判定試験で、1番を取ってしまった。そこの講師は、方程式を使うことを戒めた、という。とにかくその塾で1番になった。竹の会に帰って来てからも、普通に方程式で解かせた。当時の算数は、方程式を使えばほとんど解けた時代だった。獨協に合格後、1番を維持した。中学、高校と竹の会に通ったが、ずっと1番だった。指定校推薦で、東京理科大の建築に進んだ。わたしが、算数を方程式で勝負したのは、あと一件ある。平成11年の立教池袋合格生である。
  四谷大塚を始めとする、大手塾の算数 
  テキストを中心とした、問題パターン別解き方の暗記の時代

  〇〇算という分類
  面白くない算数
  類型に当てはまらない問題と多くの子どもたちの挫折
  IQが高いほど有利な、中学受験の形が、大手進学塾で、既成事実化した。四谷大塚のテキストを使って授業をする準拠塾が流行った。日能研には、たくさんの子どもたちが通った。中学入試熱の時代には、多数の落ちこぼれが排出された。塾を転々とするこうした親子がよく竹の会にも迷い込んだものだ。類型算数の犠牲者たちだ。面白くない算数、IQのない者には太刀打ちできない算数が、子どもたちを奈落の底へと突き落とした。竹の会は、こういう子たちに手を伸ばして来たのだ。竹の会は、このときから、大手塾の批判者になった。自信をなくした、くたびれた子たちに、息を吹き込むのは、大変なことだった。いったん壊された脳は、元には戻せないことを知らされた。小学期に、子どもをどう導くかは、子どもの未来を天国と地獄に振り分けるほど決定的だった。中学受験は時として子どもを地獄に突き落とす。竹の会の、心を見据えた指導は、この経験が大きく影響した。周りと比べることなく、競わせることなく、唯我独尊に陥ることなく、マイウェイを進む、ひたすら進む、竹の会は、その道案内人、水先案内人に徹してきた。
 小学期には、考えること、工夫する喜びを知ること

 わたしは、子どもたちに、そういう喜びを与えたかった。正直、受検よりも、子どもたちを一人の思考人として主体的な人間として、完成させたかった。試験の合格はおまけという気持ちが強かった。IQに恵まれない子たちが、受検に翻弄されて潰れるのを心配した。親は、自分の子のIQがどんなものか、お構いなしに、竹の会に来れば受検のための力をつけてもらえるとなんとも楽観的だった。基本修得もどうなるかわからないのにだ。そういう子に受検なんてできるはずもないのに。
 わたしのやり方は、まず基本をしっかり定着させて、受検はそれからだ。計算をこなせるようになることが最初の基本である。早い子なら3か月あれば、難関中学の計算問題が普通に解けるようになる。計算は、逆算を乗り越えるのに時間のかかる子が多い。逆算の手引きレジュメはあれこれ作った。IQに問題のある子もこのレジュメは効果的であった。しかし、IQに問題があれば、割合を通して、思考を育てるという試みは、阻まれる。これは、どのように工夫しても、乗り越えられない壁となった。わたしの指導が成功するには、ある程度のIQがなければ無理ということはわかっていた。入会試験は、その線引きとして、機能した。しかし、入会試験に合格しても、IQに問題のある子がたまに発見された。また、入会試験0点の子も、泣く姿、慰める母親の姿を見ていて、しかたなく、6か月様子を見るという条件で、入会を仮に許すこともあった。しかし、6か月が過ぎてもそれで終わりということはなかった。指導の効果か、6か月では、明らかにできないという事態にはならないのだ。なによりも親子の絶対に辞めたくない、というオーラのせいだ。
 

 

 文章題が苦手の中学生が多かった。母親は「うちの子は文章題が苦手で」などと平然と言ったものだ。今なら、「それは小学期の基礎訓練の欠缺から来るものです」と一蹴したことでしょうが、当時は、わたしもそこまでの境地に達していなかった。よく、女子は、中3になって伸び悩むなどということを母親が言っていたが、わたしもそれは事実なのかなと実感していた。それが小学期の無訓練に起因するものだとは、思い至らなかった。
 平成18年4月正式に、算数の指導を始めた。当初は、市販の「割合」テキストを使った。平成18年唯一の指導した子が、区立九段に合格後、公立小6の子が何人か集まった。びっくりしたのは、通分がわからない、割合の理解そのものができない子が、なんとも多いことだった。このとき、わたしは、なんとかしなければと初めて壁を感じた。計算は、ほとんどの子が、逆算で行き詰まった。これをなんとかクリアしても、割合で頓挫する子が続出した。このときほど、公立小のレベルの低さを痛感したことはない。それに親の危機感の無さ。学校の内申がよければもうそれで安心しているのだ。内申のいい子も割合では躓く子ばかりだった。わたしは、公立小の子に割合を理解させるにはどうしたらいいのか、思い悩む日々を送った。いつも新しい発想のレジュメを作り、実際に指導で試す日々だった。膨大な量のレジュメを作った。その中から生まれた「ミクロマクロ法」が、多くの割合に悩む公立小の子どもたちを救うことになるとは、わからないものである。割合の指導法を研究する日々の中から、わたし独自の算数が出来上がっていった。基本は、図解による解法にあることは変わらない。わたしが、多用する面積図も、その延長にある。算数のレジュメを作る過程から、難関中学の算数の過去問を解くことが多くなり、新たな算数の世界へと踏み入った。この時分には、算数を工夫の学問だと位置付けるようになっていたのだと思う。算数の指導の目的が、思考力、工夫力をつけることにあると、明確に意識するようになったのもこの頃だ。平成24年には、算数の本格的な研究に進んだ。公立中高一貫校志望の子たちに、工夫の学、工夫力、思考力をつけることを目的として、算数の指導に特化した指導を進めた。この中から、将来に、京大、東大、東北大、一橋大に進む子たちが、育っていった。竹の会の算数は、進化と深化を重ね、一つの思考育成体系として確立していくこととなった。
 適性検査試験は、知恵と工夫を発揮するのに、最適の試験である。算数を通して、知恵と工夫の素晴らしさを学ぶことが、如何に大切なことか。竹の会の指導が、将来の東大生、京大生を生む所以である。わたしの中では、都立中学に合格するには、こうすればいい、という確かな方法がある。過去のわたしは、手探りの時代が続いた。合格はするけれど、何が良かったのか、なかなか特定出来なかったのだ。だから、できるだけ多くのレジュメをやろうとした。しかし、それは、思考形成を妨害した。できるだけ少なく、思考の働く余地を常に残しながら、レジュメを投じる。次第に、掴んで来た。理想は、平成25年の指導だった。あの年は、受検レジュメの制作を始めた年で、指導のたびに、新しく作ったレジュメを使った。だから、レジュメの量は少なかった。「算数をクリアーにする」と、「合格答案への道」だけだった。ただし、算数は、「2010 算数」を使った。このレジュメは、難関中学の難問を扱ったものであり、かなりの思考を要するものである。合格者でも、ここまでこなせる子は、あまりいない。
 この年は、白鷗、小石川、桜修館に合格した。少ないレジュメで、合格したのだ。このときに答えは出ていたのだ。思考重視でいい、質のいい問題をじっくりと解かせるだけでいいことは。
 今年の合格は、この年の精神をそのままに、指導できた。算数は、基礎シリーズしか回らなかった。それほどのんびりした子たちだった。大切なのは、やはり、工夫、思考なのだということを改めて思い出させてくれた。
 今の竹の会には、これまで作って来た膨大な量の、さまざまなレジュメが、ある。そのどれをどう処方するか、という問題になっている。いたずらに、レジュメを投じることは、思考を妨げ、思考を破壊することになる。これだけは、肝に銘じている。竹の会が、思考重視、なによりも主体が思考して、工夫することに喜びを感じ、取り組んで行く姿勢をこそ至上としてきたことを、忘れてはなるまい。受検という大義に、竹の会の精神を忘れてはなるまい。

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