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現代受験論(桜修館に強い塾 都立独自校に強い塾 開成高校合格・筑駒合格・渋幕合格実績 駿台模試全国1位)🟩桜修館合格の天才‼️

2026.03.15

🟩桜修館合格の天才‼️

 本年桜修館合格者の得点開示の結果が、わかりました。
 正直、驚きました。
 今年の合格者は、従来の合格者のこなしたレジュメの半分にも満たない量しかやっていない。というか、やれなかった。一つは、小5まであまりにものんびりとしたこと。家庭学習もほとんどしていなかったようだ。課題をやることもなかった。算数のレジュメに至っては、直前までに基本5部作までを終わらせるのが精一杯だった。それでわたしは、去年1名が受検してダメだったので、そんな条件でも、必ず合格者を出す、と決意しました。今年の受検生は、3人でした。この中の1人は必ず合格させる、と決心しました。
 合格に必須とされたレジュメ集の大半はやれていない。能力的に、無理、時間的にも無理だった。それで、これまでの合格者が必ずやった「算数をクリアにする」だけは、やらなければ、と決意した。それは150ページ弱ある。これは夏休み全部をかけて潰すことにかけた。あと、「適性標準」、これは、200ページほどある。仕方ないので、3分冊にして、取り組ませた。結局、合格者は、第二分冊までしかやれなかった。しかし、正答率が高ければ、そのまま力になる。正答率の低い子は、受かることはない。
 本来なら、これまでの合格者は、さらに難度の高い、定番レジュメをやってきた。だから、竹の会の合格者は、入学後学年トップクラスにあるのだ。しかし、今年は、違った。とにかくあらゆるレジュメが、半端なままに、本番直前を迎えた。
 さて、どうするか。なんとしても合格は取りたかった。
 「算数をクリアにする」、これだけは終わらせていた。「適性標準」は、中々進まない。正解率がいいのは1人だけ、ただ遅い。仕方ないと思った。正解率を犠牲にして、教えて早く終わらせても意味がない。正解率、つまり、自己解答力がない子は落ちるのだ。自分で工夫して解くというスタイルがない子はダメだ。教えて「わかった」と早く終わらせても何の力もないことはもう幾度となく証明されてきたことだ。それは、IQの為せる技なのだ、ということもいつも突きつけられてきたことだ。とにかく「解き直し」の材料はある。これを解き直しさせなければならない。
 ここで不安が過ぎる。正解率の低い子の解き直しには、どれだけの効果があるのか。それは、説明を受けた問題の説明を思い出すだけ、つまり、記憶効果でしかない。記憶では、戦えないのだ。本番という、異常な舞台で、どれだけ自己の工夫を働かせて、問題に対処できるか、なのだ。正解率の低い子の解き直しには、思考醸成の効果はない。解き直せば解き直すほど、覚えた解説のリピートとなる。思考が発酵しないのだ。
 正解率の高い子、つまり、8割の正解率の子に対する説明は、それなりに考えた結果の説明であり、質問者の内奥に響くほどの衝撃となる。こういう子の解き直しが、正解した問題の思考の跡の確認、解けなかった問題の、衝撃の再現にほかならないゆえの、更なる思考の深化をもたらすことであろうことは、推測に難くない。正解率の高い子の解き直しは、思考が深いところで発酵する。その問題限りではなく、次第に、一般化・抽象化して、一般的な思考の深みを増す。
 平成25年の合格者(桜修館・白鷗・小石川)たちのこなしたレジュメの量の少なかったことが、いつも想起される。思い出したのだが、「2010算数」をやっていた。しかし、前半は、「算数をクリアにする」、後半は「合格答案への道」だけである。「合格答案への道」は、「適性標準」のほんの一部でしかない。それでも合格した。
 合格の秘密は、別のところにあったのではないか。少なくてもいい、じっくりと自分で解くこと、である。それは、竹の会の高校入試指導の核ではないか。一問を極める‼️ それこそが竹の会レジュメ指導の精神のはずではなかったか。確かに、これまで竹の会の最高・最強のレジュメをこなしてきた子たちは、優秀な成績で合格し、入学後もトップ・クラスを維持し、東大、京大、東工大(現東京科学大)などに合格してきた。竹の会の最高のレジュメをこなさなければならない、と思いこんでいたわたしの反省すべき点である。
 ほんとに少ないレジュメでも、合格することはできるのだ。そのことは、平成25年の合格でわかっていたことだ。なのにわたしは初心を忘れてしまっていた。そうだ、初心に戻ろう、それだけでいいんだ。
 竹の会のレジュメなら、少なくても、受かる。わたしは自分を、竹の会を信じればいい。
 桜修館対策として、桜修館の過去問の分析から、算数を取ることが、勝負になる、と考えた。いや、それは、ずっとわたしが言ってきたことであった。そこでまだやり残していた「小学思考の素 その他の問題編」を終わらせることを指示した。直前1月のことであった。冬季も、全く進んでいない「適性標準」を進める、しかなかった。冬季の前半は、「算数クリア」の解き直しに使った。今年の子は、レジュメの進度が極端に遅い、小石川模試も、悪い。そんな子たちが受かるのだろうか。いや、ここ何年かは、模試が悪くて受かっている。もっとも100点未満はない。悪くても150点前後だろ。ここに至って、わたしは、ひたすら頑張っている子どもたちを、見放すことはできない。竹の会で2年連続合格者なしはない。必ず合格させる。過去問による実践を通して、適性IIの1番を取ることが、すなわち合格だ、と判断した。作文は、問いを無視して書く子たちだった。過去問を通して、如何に問いに答えていないかを具体的に示して、何度も説明した。何度説明しても、問いに答えようとしない子もいた。響かないのだ。だが一人だけ作文を家で書いてきては出す子がいた。その子は次第に問い答えるという意味を理解していったようだ。作文を一切出さなかった子たちは、そのままになってしまった。
 今年の合格者の得点の結果を教えていただきました。少し驚きました。これまでの合格者と比べても、むしろいい得点を取っていたのです。作文の得点が高かったのには、びっくりしました。文句なしの合格点じゃないですか。
 わたしは、改めて竹の会のレジュメの威力を思い知らされました。毎日毎日過去問集をめくり、良質な過去問をヒントに、レジュメを作りました。1日1問、時には3日かかりました。精密な図を色彩豊かに描画しました。図を見たら一目瞭然を目指したからです。解説も簡にして要を得た、それでいて詳しいところは細部まで語り尽くしました。わたしのレジュメには、一つの作品ごとに深い思い入れがありました。
 今年の受検は、わたしに改めて、レジュメ指導における、大切なことを再確認させてくれました。とにかく自分で考える、答えを出す、これしか成功の方法はない、ということです。
 正答率がすべてです。合格者は、「ほんとうによくできるな」とわたしを感嘆させたものです。不合格となる子には、それがない。わたしを驚かせる、感嘆させる、そういうものがないと、やはり、受からないですね。
 「よく解けたな❗️」と思って、「誰かに聞いたの❓」と問えば、「父にヒントをもらいました」みたいなことを言う子は、決して受からない。自分に甘いのだ。ヒントをもらった、という話しもよく聞けば、ほとんど解いてもらっている。しかも、親の解き方が、ほとんど小学生には無理な、方程式紛いの、解き方である。つまり、答えさえ出せばいい、という発想しかない。当の小学生にとって、未来の資産にならないのだ。
 受験・受検というのは、IQがなければ、無理である。また、現代の受験は、富裕なことが前提にある。どれだけ塾にカネをかけられるか、で決まる。それが現実である。東大合格者の70%が、富裕層家庭である、というのは、東大、京大は、カネのある、富裕層のみが行ける、ということである。
 わたしは、桜修館、いや都立中高一貫校に合格させる天才と思う。条件さえ満たされれば、合格させられる、と思う。だからこそ無理なものは無理ということがわかる。
 わたしは、子どものIQを測る名人である。わたしのレジュメは、IQを測るのに、最高の測定器である。レジュメの答案を見ると、すぐにその子のIQがわかる。だから受検は無理、合格する、というのが、わかってしまう。
 それにしてもIQが高いからと言っても、合格するには、条件がある。勉強ファーストの生活リズムに、塾の時間を目一杯取ることである。
 これは、高校入試だって変わらない。
 IQが高いことを前提に、勉強ファーストの生活が条件である。その上で、塾を第一に、前倒しの勉強をすることである。
 受験そのものが、富裕層の選択であることは、常に変わらない真理である。受験は、富裕層の課金ゲームである。だから受験は、庶民層から抜け出る唯一と言っていい富裕階級への入口である。しかし、課金できない層が階層を飛躍させるのは、余程の天才しかない。
 受験というのが、そういうものだということをまず理解することだ。
 その上で、それでも合格したいのなら、竹の会の門を叩けばいい。

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