2025.08.02
🟩令和元年(平成31年)卒業生から2名も東大合格者が出たことの意味するもの‼️
令和元年には、桜修館2名、九段2名の合格者を出している。実はこの年小石川を受検するも謎の不合格となった男子がいたのだ。
桜修館合格の女子は6年後東大理IIに合格を果たし、謎の不合格となった男子は、3年後、筑駒、開成、渋谷幕張に合格し、さらに3年後東大理Ⅰに合格した。
彼は、杉並の区立中学に進み、竹の会で高校受験を志すこととなったのである。
令和に入って竹の会の指導は、達観の境地に入っていた、ように思う。既に高校受験では、名人級の指導を為し得ていたと思う。桜修館合格の女子は、適性検査480点(500点満点)、作文180点(200点満点)という成績を残している。桜修館では、5番以内にいた。生物オリンピックでは、メダルを取った。毎年の年賀状にその旨報告があった。
開成合格の男子は、開成でもトップクラスにあったと聞いている。いや、そうだろ❗️ 駿台模試では、開成志望者の中の常に3位以内にあったのだから。彼の指導を通して、わたしは、初めて開成級の高校の指導を経験した。何から何まで、わたしの好きなようにやらせてもらえた。かつてなら竹の会で成績が上がると、大手に転塾する親子ばかりだった。それで成功したという話しはついぞ耳にしたことはないが。
この指導を通して、わたしは、駿台模試4回すべて全国順位7位以内(1回は1位を取っている)を示してみせた。サピックス、早稲アカ、Z会、河合塾など大手の天才たちをごぼう抜きにしての快挙であった。過去問から抜けられない大手の限界をわたしは逆手に取って、わたしの知略で指導を縦横した。わたしの指導水準を示すことができてこれほど幸運なことはない。わたしには、わたしの高校受験の指導哲学がある。大手じゃなければ受からない❓ バカ言っちゃいけない。竹の会を、私を誰も知らないし、理解もできない。本当に稀有なケース、竹の会を信頼する人がいる、いたのだ。信頼されたときの私は強い。竹の会の成功者は、類い稀な竹の会の信頼で満ちた人たちだけなのだ。
🟥論理必然の法則‼️ 普通ならの法則‼️
国家は必ず国民を騙す❗️ 国民に嘘をつく❗️
政府の言い訳は、いつも普通ではない。論理必然ではない。不自然なのである。しかし、政府は、いつもその不自然な、破綻した論理を平然と広報して、後は知ったことではないという態度を取ってきた。なんとも国民を舐めた話しである。自民党が、多数党であったときは、平気で理不尽な法律を強行採決してきた。今の野党は、そのときのことをすっかり忘れたのか、認知症政党と言った方がいい。自民党は、国民から収奪する法律をこっそり通してきた、悪行も忘れてはならない。もちろんこれには官僚も同じ穴の狢でおり、野党は恐ろしいほど怠惰で自民党のなすがままである。野党とは、何も「や」らない党のことだったのか。
新型コロナワクチンは、国民の8割を騙してうたせて、製薬会社の莫大な利益に貢献し、国民の税金を注ぎ込んだ。新型コロナワクチンは、今この時、不自然死を多発し、とくに、膵臓ガンと子宮ガンを激増させている。また心筋炎などの心臓の欠陥が多発している。最近の有名人、芸能人の突然死の死因をよく見てほしい。たいてい心筋炎などの心臓の欠陥、子宮に集中している。ワクチン死は、病院から報告されたものだけで、2200人にもなる。これは立派な薬害ではないか。これだけの人が死んでいるのに、政府は、何もなかったかのように振る舞い、マスコミも一切触れず、国民も特に問題にしないというか、忘れようとしている。しかし、ワクチンをうった、あなたたちに、近い未来に必ず現実となってその災厄は現れることであろう。みんな泣き寝入りですか。政府に騙されて文句も言わない、それが今の日本人です。騙されても騙されても自民党を選んできた人たちです。
政府の政策には必ず嘘がある。これが論理必然の法則です。一つの法律が成立すると、必ず特殊法人が複数設立され、補助金垂れ流しの民間会社が設立される、仕組みになっている。天下り先の確保と補助金と見返りに民間会社から利権を吸収するシステムです。税金が足りないというとき、これらの闇金が確保前提の話しです。
さて、前振りが長くなりましたが、受験生は、この論理必然の法則から嘘を暴かなければなりません。問題文を読むとき、論理必然的にこうなるはずだ、という推理はたいてい合っています。あなたたちが、間違うのは、その過程において、論理の選択を誤った、つまり必然ではなかったということです。
数学なら解法はたいてい2、3のアプローチがあります。簡単なもの、複雑な計算を要するもの、ちょっとあり得ないだろうと思われるもの、もしかしたら〜なのか、いやそれはないだろというもの。そしてその選択肢のうち、たいていほとんどないだろうと思ったものが正解のことが多いのです。そのとき、自分の選んだ選択肢が、とても考えられない計算を要するときは、即座にそれは捨てるべきです。それがどんなに魅力的な解き方に見えても。それが敵の思う壺だからです。出題者たる者、50分の制限時間内で解ける解法を正解としなければ、それは信義則違反だからです。問題を作るのが、うまい人は、思う壺の罠をうまく仕掛けるものです。それに引っ掛かればたちまち時間を浪費することになる、恐ろしい壺です。つまり、時間を食う、怖い壺です。一見解けそうな、平易に見える問題こそ実は曲者の可能性が強い。わたしが出題者ならそういう騙しを入れると思います。反対に、一目見て「これは難しそう」と思わせる問題が実は簡単に解けるように作られていることが多い。わたしが出題者ならそうするだろうからです。出題者は特に倍率の高いときは、篩い落としが必須です。その場合、難問を出すと、下手をすると全員解けない恐れがある。つまり、難問は篩い落としには向かないということです。勘違いさせやすい、ミスを誘う問題、時間のかかる問題こそが、篩い落としにはベストです。10倍なら10人いたら1人が溶ければいい。わたしたちは、その恐ろしい壺にはまる。