2024.12.20
🟪都立入試制度の変遷
学校群制度は、東京都では、1967年から普通科高校の入学検査に導入されました。
グループ合同選抜は1982年から始まった入試方法です。 受験生は、自分の居住する学区のグルーブから、希望する1校を受検できるようになりました。
なお、グループ合同選抜時代に、検査教科は、国語・数学・英語・社会・理科の5教科となりました。
グループ合同選抜は、学校群制度で難関大学への合格者数を大きく減らし、不人気に歯止めのかからぬ都立普通科高校の復活を目標にしていました。グループ合同選抜は、学校群制度下の受験生が不満を持った「合格しても志望校に入学できない」、という点を改善したものでした。
グループ内の学校にピンポイントで志願して、合格すれば確実に志願した学校に入学できるということです。
また、学区合同選抜時代と同じく、第一志望に不合格であっても、グループの合格最低点に達していれば、定員に空きのある都立普通高校に入学できるようにもなりました。けれど、学校群制度時代の15年間に躍進した国立高校・私立高校の勢いはすごく、都立高校の進学実績は大きくは回復しませんでした。
1993年度(平成5年度)入試までは、自分が住んでいる学区内の都立高校しか、原則として受験できなかったのです。
ですから渋谷区から都立西や日比谷を受けることは不可能でした。
1994年度(平成6年度)入試からは、20%の枠で隣接学区から受験することができるようになりました。これによって渋谷区から隣接の都立西を受けることができるようになりました。それまでは渋谷区は21、22グループに属し、21グループの最高が都立戸山でした。
2003年4月入学生からは学区制が廃止され全都一学区となりました。つまり、2003年度入試以降は都立高校受験において、学区という制度はない。
学区という縛り2002年までです。
🟧竹の会都立高校🈴の系譜
平成13年(2001年) 隣接区の特例を利用して渋谷区の男子が、都立西を受験 推薦🈴(内申 8科目5) この男子は、V模擬でも、都内全受験者中37番を取り、一般受験でも合格していた天才であり、事実入学後3年間学年50番内を維持した。大学は、慶應理工に進んだ。慶應理工受験者は、東京大学を必ず受けている。彼も当然受験している。三大模試で全国順位いずれも20番台を取っているのだ。勝負は時の運。
平成20年 渋谷区の女子が、都立西🈴。彼女は、豊島岡女子にも🈴。
●平成23年元代々木教室最後の受験生
都立小山台高等学校🈴
都立文京高等学校🈴
都立産業技術高等専門学校🈴
●平成24年5月竹の会渋谷教室開設
この年から都立受験生は1名が普通に
平成25年 都立北園🈴 推薦
内申 オール5
平成26年 都立駒場🈴
内申 オール5
平成27年 都立戸山🈴
平成28年 都立戸山🈴 都立文京🈴
平成31年 都立青山🈴
内申 オール5
令和4年 都立広尾🈴
令和5年 都立広尾🈴
令和6年 都立青山🈴
竹の会の受験生は合格者の数しかいません❗️