画像
都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

平成31年 千代田区立九段中等教育学校(女子) お母様からの手紙

2019.04.21

阿部先生、竹の会のみなさん
 
たいへんご無沙汰しております。
合格発表から早2ヶ月が過ぎ、桜の咲くなか卒業式と入学式を終えて中学校生活を歩み始めました
 
皆様にはこれまで大変お世話になり、ありがとうございました。
阿部先生の卓越したご指導、ならびにコツコツと努力し続ける竹の会のみなさんのおかげで、志望校に合格することができました。

 
娘が受検を意識したのは3年生になった頃だったと思います。
 
通っていた小学校は、ほとんどのお子さんが中学受験をする学校でした。
 
2年の終わりから塾に通い始めるお友達が増えて、自然と学校でも志望校の話題が増えてきたようです。
 
そして、暫くすると「私は九段に行くから塾に通いたい」と言い始めました。
 
周囲の影響を受けての発言かと一年ほどは様子を見たと思います。
 
ですが、気持ちが変わることはなく、次第に九段への思いが強くなりました。
 
ただ、娘は何事においても瞬発力はあるのですが、持久力がなく、あまり早く始めると途中で息切れしてしまうのでは…という懸念もありました。
 
それでも、勉強することは悪いことではないと、近所の大手の塾に説明を聞きに行ってみました。
 
 
今となっては恐ろしいことですが、私自身、適性検査がどのようなものかも知らず、ただ、私立受験とは違うらしいという認識しかなかったのです。
 
そして、体験入学的に夏期講習を受け、そのまま入塾したのですが、次第に疑問に感じるようになりました。
 
家でろくに勉強するわけでもなく、集団で授業を受けるだけで果たして力が付くものなのだろうかと。
 
冬も終わる頃、娘が突然「塾をやめさせて欲しい。このまま通っても勉強ができるようになる気がしない。」と言いだしました。
 
それまで様々な習い事をしてきましたが、自分から辞めたいと言ったことのない娘です。
 
それが、自分から行きたいと通い始めた塾を辞めたいと言うのは勇気がいったことでしょう。
 
私は驚きと同時に、やっぱりそうかという思いもあり、すぐに退塾手続きをしました。

 
そして、新たな塾探しです。今度は失敗できません。
 
インターネットで検索しているうちに、竹の会に出会いました。
 
資料請求をし、それから阿部先生のブログを読みまくりました。
 
その後、入塾試験の案内がありましたので申し込みました。
正直、ブログに書いてあることを信じていいのか、先生はどういう方なのか、不安はありました。
 
でも、心配は無用でした。
 
阿部先生に実際にお会いして、その眼の優しさと、竹の会の子供達の様子を見たら、是非とも阿部先生に娘をお願いしたいと、ただただ入会試験に合格することを祈ったものです。

 
竹の会に入って娘はどんどん変わっていきました。
 
初めは課題を一人でこなすのもかなりの重荷で、そばに付いている事が多かったのですが、徐々に一人でできるようになり、そのうち煮詰まっている様子を見て声を掛けても、「自分で考えるから大丈夫。」と頼もしい答えが返ってくるようになりました。
ひとつ上の学年のみなさんが卒塾して最上級学年になると、受検生としての自覚が更に高まったように思います。
そして6年の秋、家ではひたすら解き直しの時期です。
 
この頃になると、私にできる事はレジュメに書き込んだ回答を、解き直しのために消すことだけです。
 
何枚も何枚も消し続けました。
 
一生懸命考えたのであろう回答を消すのは勿体なくもありましたが、跡形が残らないよう丁寧に消しました。
 
大きな消しゴムを3つは使い切ったでしょうか。
年が明けて、まだ7回の解き直しが終わっていないレジュメを探しては終わらせました。
 
7回終わってもまだ自信のないレジュメだけを集めて、10回やりました。
 
全ての解き直しが終わらないと合格できない(=終われば合格できる)という思いだけで頑張っていたようです。
 
ずいぶん前から、先輩方に習って、年が明けたら神様にお願いをするのだと、ピカピカの5円玉を集めていました。
 
1月の初日から毎回(忘れてしまって翌日に2回分お願いしたこともあったようですが…)欠かさずお願いしました。
こうして、入塾から1日も休むことなく通うことができました。
 
宿泊行事や校外学習から戻ってそのまま直行した日もありました。
 
大雪で珍しく人気のない渋谷の街を駅まで歩いたのも、今となっては懐かしい思い出のひとつです。

 
 
受検当日は、阿部先生にいただいたお守りと、ブログから受検生に宛てたメッセージを抜き出してプリントしたものを持ち、パラコードを手首に巻き、ペンケースにはオクトパスを付けて、神社にお参りしてから会場に向かいました。
 
3日(合格発表日)の朝、早朝にもかかわらず先生からのメッセージがアップされており、親子で感激いたしました。
 
見守っていただいていると実感できて、安心して検査に臨めたようです。

 
 
娘の通っている小学校では、(多くの学校がそうだと思いますが)算数のクラスが習熟度別に分けられていました。
 
同じクラスのお友達は私立難関校を受験する人が多く、2学期も早々に6年の教科書が終わって、小学校で私立中学の過去問プリントを解かせてくださる機会が多くありました。
 
時間内に終わらなかったり、難しくて手が出ない問題もたくさんあったようですが、ある時、小学校の先生に呼び止められ「○○さんは九段しか受けないの?私立も受ければ合格すると思うよ。大丈夫、九段は受かるよ。」と言ってもらった、と喜んで帰ってきました。
 
お友達のお母様から「○○ちゃん、算数がよくできるんですってね。うちの子が、○○ちゃんは×××算も×××算も解けるんだよ、って驚いてたわよ。」と言われたこともあります。
 
でも、娘は×××算や×××算の解き方を知っていたわけではないと思います。
 
阿部先生のご指導のおかげで、考えて解く力がついていたということの証でしょう。

 
これらのこともあって、親である私には少し欲が出てきました。
 
どこか他の学校も受けてみる?」と聞いたことがあります。
 
けれども娘から「受けたくない。行かない学校を受けても仕方ないでしょ。」と一蹴されました。
 
受検は大丈夫と思っていても当日に何が起きるか分からないという話もしましたが、その時には公立中に行って高校受験をする、それが運命なのだと思うから、と。
 
結局、「九段に行くんだ!」という娘の強い気持ちが揺らぐことはなかったのです。
 
ですが、模試の成績は決して芳しいものではありませんでした。
 
特に国語が苦手で、早稲田進学会の模試では28点(100点満点で)を取ったこともありました。
 
竹の会の課題の作文はいつも「D」、たまに「C」評価をいただくと大喜びをしていた娘です。
 
それが、なんと本番の適性検査Ⅰは80点(これも100点満点で)という奇跡のような点数をいただけたこと、これも阿部先生のご指導あっての賜物に他なりません。

 
あの時、竹の会に出会えたこと、運命の巡り合わせのように感じております。
受検生の皆さん、強い信念を持ち、阿部先生を信じて、先生の仰るとおりにすれば大丈夫。
きっと良い結果がもたらされること、心よりお祈りしています。
 
阿部先生、あまりご無理なさいませんように、どうぞご自愛くださいませ。

○○の母より

 

 

※その他のカテゴリ :「竹の会回顧録」 「思い出の声」

 

ページトップへ